キキョウの花が好きです。
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ムラサキ色の色合いも好きですね。私の父も好きだったようで、鉢植えにしていました。
そんな父との思い出も好きだから、桔梗が好きに成ったのかな?
父は寡黙であまり会話は少ない方でしたが、幼い頃は、良く父の膝に乗せてくれましたね。そこは私の特等席でした。父のあご髭に触ったり、父の食事を分けて食べさせくれたり、羽目を外したら叱られました。

しかし、父の愛を感じられる特等席でした。
天の神、父なる神をイメージする時には、幼い頃の父の膝の上で祈る お願いする 甘える 叱られれるとイメージして仕舞いますよ。

桔梗の花言葉、変わらぬ愛と知り、天の父との愛に感じます。感謝します。
誠実 従順も 桔梗の花言葉に含まれていますね。
キリストのご性質にありますね。
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十字架に掛かる前には、王や高貴な人しか着る事を許されていなかったムラサキ色のマントを、キリストに捧げた人が、ドロローサの道沿いにいたようですね。

そのマントは、ムラサキ貝から採った染料で染める高価な品を捧げた人がいたようです。
ナルドの香油同様、それ以上に高価な品を捧げた人がいたのです。
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ローマ兵士は、そのマントをくじ引きし分け奪い合いをしました。

私はムラサキ色の衣はキリストに相応しい王様の着物だと思います。また、ムラサキ色の衣を見ると十字架に掛かった主を連想します。感謝します。

全てに包み込まれて、守られ導く神に感謝します。

『民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。 あなた方の心を観前に注ぎ出せ。神は、我らの避けどころである。』詩篇62の8

私たちの生活、人生を注ぎ出して、神に叫び訴える。それが祈りですね。

病いの癒し。 生活上の様々。 教会内の様々。
神に叫び祈りです。神に訴えるのです。

神の答えを待たずして、自分で解決したかに見えても、また、別な問題が発生します。

神の回答は完璧です。

エレミヤの33の3より
《神は私たちには、大いなる事を語りかけたいのです。》

しかし、私たちが叫びきるのを待って見守る神のご性質を知らないといけない気がします。

飢饉からエジプトに行き。ヨセフが、大臣に成っていた神の計画。
しかし、飢饉が、問題が終わっても帰らなかったのは、ヤコブの子供達、後々のイスラエル人。一つの選択肢が間違えたが、神は見守る。

パロが変わり、奴隷に成り下がります、イスラエル、ユダヤ人は黙る。声に出さない、個々につぶやきばかり?
神の素晴らしさを先祖から聞いていたにもかかわらず、、。

更に時を重ねて、ようやく、イスラエルは、民とし一致したかに叫び声を上げて、神に訴えて、神はようやく腰を上げました。
モーゼを育てるのでした!

黙祷では無く、叫びの祈りをしました。
『神は彼らの嘆きを聞かれ、アブラハム イサク ヤコブとの契約を思い起こされた。出エジプト2の24より。

海で溺れそうです。黙っていたら見つけて貰えないですね!叫びきるのです。 '(神よ。私は此処にいます、助けて、助けて! 問題につぶれそうだ!〉て、普通 大声出して叫びませんか?
私は此処に と、注目される様に叫びましょうか?

世界中の願いが、キリストの名前で父なる神の観前に上がり中ですから、。注目される様に叫びませんか?

叫ぶ力が無くても、嘆き 呻きませんか?
『主はその聖なるい
と高き所から見下ろし、天から地の上に目を注がれました。捕われ人のうめきを聞き、死に定められた者を解き放すために。』 詩篇102の19.20


過日の事。急にヘルニアの激痛に襲われました。叫ぶ力は無く、痛みで呻きながら激痛の中 痛みよ引け!と一晩 呻き声を出しました。すると翌朝には病院に行けるだけには成りました。診断した医師は、『普通はあり得ない状況だよ!』と驚いていました。

医師の診断後は、安心した?矢張り歩けなく成りました。今、思うには、完治を叫べばよかったかな!?
激痛に負けて、病院に行けることを叫び願ったからかな? と思う次第です。

叫ぶ力をどうぞ、あなたの祈りに取り入れてはいかがでしょうか?
神にしか解決出来ない事が多いですから、

教会内でつまずき、不満を抱く人も、傷付いた人も、神に叫び直してはいかがでしょうか? 人に愚痴っても、一時的な慰めの言葉に満足しては、神からの愛による本当の解決には成りません。
皆様方の祝福を祈ります。