現代の私たちが

クリスマスを祝えるのは、キリストの弟ヤコブの功績があったと思います。
これを決定付けたのは第一回のエリサレム 会議の議長として活躍し功績を残した義人ヤコブ存在です。初代のエルされる教会の重職をになっていたヤコブ。前記にも書きましたが、未だ改宗していなかったユダヤ人からも義人呼ばれ、ユダヤの礼拝 モーゼ己律法にも精通していました。

エルサレム会議出来れば使徒15章全体をご覧下さい。

モーゼからのくびきを改宗者にも追わせるべきだとパリサイ派改宗者から議題が出されました。
これに対しての会議でした。
使徒15:1 さて、ある人々がユダヤから下って来て、兄弟たちに、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と教えていた。
この意見に足して会議が持たれ話がなされたのがエルされる会議でした。
 
使徒15:5 しかし、パリサイ派の者で信者になった人々が立ち上がり、「異邦人にも割礼を受けさせ、また、モーセの律法を守ることを命じるべきである」と言った。

それに対して ペテロは
使徒15:8 〜10 そして、人の心の中を知っておられる神は、私たちに与えられたと同じように異邦人にも聖霊を与えて、彼らのためにあかしをし、
私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。
それなのに、なぜ、今あなたがたは、私たちの父祖たちも私たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです。
と答弁し答えています。(参考。使徒10:19 前記)

着目すべき答弁の中には信仰が律法を守る事より重視されて答弁です。

使徒5:9 私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。

さらにペテロはキリストのことを主イエスの恵みによって と言ってキリストを呼んでいるところです。
ペテロは弟子の時代に
イエス様を以前はラビ=先生と呼びかけていたことから大きく変化しています。 

とは主人でもあり絶対の主権者に呼びかける主と呼ぶ言葉です。 
絶対の主権者の神。キリストと復活後、大勢の人に現れたことを認識して思い起こしなさいと会議に参加していた人々に 主キリストと呼びかけ、共通認識を確認し合っています。

異邦人にも 割礼やモーゼの律法重視を訴えていた人々は、共通認識 復活したキリストを認めて激しい反対しなくなりました。

 続く。
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