ヨハネと使途達の戦い、天の女王その真偽と誘惑。葬儀の向き合い方の参考に。

ヨハネの福音書朗読を、最後までご覧下さり、真に感謝申しあげます。

キリストに愛されて弟子。ヨハネは、殉教をしなかったただ1人の使徒です。

そのヨハネは、ローマの迫害のさなかで、、煮え立った油に投げ込まれて殉教するところでした。


しかしながら、奇蹟的が起きて命が助かります。 
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思い起こせば、ダニエル書にも王が作った金の像を礼拝しない3人を燃える炉の中に投げ込まれますが、生きる事が出来き、ネブカデネザル王がその奇跡を観て許した事が旧約聖書ダニエル書3章には詳しく記録されているように、ヨハネにも同様の奇跡が起きました。

その後、ヨハネは監獄の島、パトモス島に島流しになります。

彼は老後を生き、ローマ皇帝トラヤヌスの治世の中、西暦98年以降、エフェソスで亡くなったと言われておいます。
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その他の使途は悲しいことに、すべて殉教しました。

殉教した理由は、キリストを真の神と認めたくない人々いて、反感を買っただけでは無く命を狙われ殺されたからです。

キリストをまことの神と認めたくない理由には、彼らは信じていた女神の存在が在ります。

ローマ皇帝のネロは一番ひどいくクリスチャンを迫害にしましたね。
元々ローマのと云う名前は女神の興した町という処から付けられ、皇帝が神官の役目を担います。

皇帝は神官としての名誉と権力を手にして、神殿に奉納する物から、この世の利益を得ていたからです。
これに対して、ヨハネや使徒達はキリストが真の神であると布教し、

現世の利益よりは永遠の命を力説した結果。
キリストを信じる人々が増えてきた理由もあり、それによりキリスト以外を信じる人々が、彼らの信じるからこそ得ていた名誉、名声、既得権益を失ってきた事が想像できます。


それでも使徒達や当時のクリスチャン達は、キリストの復活を見聞きしており、永遠の命の価値を知り、強い天国、永遠の命への希望を確実し福音を語り続けて、たとえ迫害があっても棄教しなかったのです。

キリストの復活を観たり聞いりした人々には、強い確信と信仰から生み出された強い覚悟がありました。
ピリピ 1章21節には 聖書には次の言葉も記録されております。「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。」信仰への凄まじい決意表明。その要求とも取れるピリピの言葉ですね。
私たちが生きている現代日本では、コロシアムでの見世物。ライオン食べられるようなこと無いと思います。しかし中国などの国々では、今も信仰の迫害が行われおります。
私たちにも、この世の終わりが近づく時、覚悟ある信仰を突き付けられている気がします。

それでもヨハネはキリストから一番。愛された弟子との自覚があり

キリストが唯一の復活した神でありその生き証人としての自覚から間違った考えに対抗し、キリストを信じて生きるための重要性とその要点を書き記しました。

ヨハネには、使徒達が殉教し亡くなったニュースも伝えられていたことは想像できます。

ヨハネは使徒達を死に追いやった、天の女王の戦いの勝利を黙示録にも書いております。
(バビロンに君臨した女王として描かれ神の裁きを受けます。黙示録18:7〜21を参考にご覧下さい。)
この女神、歴史は古代メソポタミアからありました。

旧約聖書にも記録されている女神であり、天の女王として記されております。真の父なる神に逆らう存在ありです。

ヨハネが晩年住んだと言われるエペソともエフェソス言われた町、ここにはアルテミス女神の神殿があり、パウロもこの町で、宣教し福音を語りこの神殿に仕えた人々と民衆に信仰の戦いをしました。
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アルテミス女神は、世界の女神、天の女王と呼ばれておりました。

その様子は使徒行伝19章に詳しく記録されており、神殿に仕えていた人々と奉納する物を作っていた職人達が争う経過が書かれております。彼らの既得権益を失うからでした。

さて、アルテミス女神は豊穣の女神と知られ、沢山の乳房を持つ女神です。
この世の富と名誉を与え司る神として知られております。

この天の女王は、キリストの教えとは敵対しつつ、世界中に、今も形を変えて存在しております。

メソポタミア北部からシリア、パレスチナにかけて信仰されていた天候神アダドには勝利の女神アナトの兄にして夫。頭は人間だが下半身は動物の像もあります。神話に登場する神々は家族を持っている事が多いです。そんな神の家族間でも殺戮の争いがあるのも不思議です。

旧約聖書に登場する。カナンの土着信仰とは男神バール信仰、女神アシェラ信仰でした。

女神アシェラは勝利の女神アナトりなり、ギリシャの神アテナに変化したとも言われます。知恵、芸術、工芸、戦略を司るギリシア神話で女神、アテーナーとも呼ばれます。

ローマで信仰されていた女神はミネルウァと云います。詩、ポエム{歌とも云い。}・医学・知恵・商業・製織・工芸・魔術を司るローマ神話の女神。皇帝ネロがローマに火を付けて、歌(詩)を呼んだ話を聞いたことがありませんか?この歌は女神に捧げられた。ローマという名前の起こりは勝利の女神からとも云われております。

古代エジプトにもイシス女神があり農耕の神、豊穣神。偉大なる女魔法使い、献身的な母や妻として王座を守るものと云われておりました。子供を抱く女神として、子供を抱くマリアとして後世には変化したとも言われます。
メソポタミア、イラク。アブラハムが生まれた処です。
そこには月の女神の神殿があり、ウルは月の女神礼拝の本拠地で大きな神殿遺跡が残っております。

余談ですが、イラク駐在中に、私は幾つもの遺跡を観ることが出来ました。それらの遺跡には全能なる神からを預言受けた通りで荒廃しておます。

記憶がある方もおられるでしょう、フセイン大統領がイラクを治めておりました。私が見学したときに無かった、バビロン遺跡を立て直し彼の離宮を建てました。

彼はネブカデネザル王のように再びなりたいと願っていましたが、その後、予言通りに
失脚して殺され、彼が立てたバビロンの離宮も再び荒廃しました。

エレミア51章37節に書いて有るように。 「バビロンは石くれの山となり、ジャッカルの住みかとなり、恐怖、あざけりとなる。」この言葉が再び実行されました。

アブラハムがカナンに入る前に、父親との決別を神はアブラハムに言い渡します。父親テラは故郷カルデアのウルに居住していた時にあった月の女神の影響を色濃く受けていたのかも知れません。それで神はテラをアブラハムかた引き離したのでしょう。

またヤコブの二人の妻、ヤコブはその容姿から妹ラケルを愛しますが、姉のラケルを神は祝しました。ヤコブを通して、本当の神を知ったと思います。

けれど、ラケルはヤコブ聞いたはずのまことの神よりは偶像の神を愛していました。その結果。あまり子供に恵まれませんでした。
その原因は、ラケルは父の守り神テラフィム(小さな偶像=家族の守り神)を盗んだとあり(創世記31章19節)、しかも、ヤコブがカナンに帰るときに、蔵の下に隠し持っていた(創世記31章34節から35節)と書かれてあり、それを父がそれを探しているのを知っておりながら欺こうとしました。ここにもまことの神を知る事、神に信頼して献身する重要性を記され、祝福にも違いが出たことが記されております。

テラフィムは士師記 第一サムエル記 第二列王22章24節他にも記されております。テラフィムはヤコブの妻ラケルからカナンに持ち込まれたのだろうか?それ以前にから土着信仰として有ったのでしょう?

けれどテラフィムは聖書ではあまり良い意味で使われない。創造主,父なる神も嫌っていたことが分かります。

さて、インドにもカーリー女神があり、ヒンズー教で多くの手を持つシヴァ女神があります。
日本にもその形の影響を受けた観音信仰と色々の顔と手を持つ偶像が造られました。
カナンの女神アシェラが漢字にも変化して阿修羅像として日本に渡って来た気がします。

日本にも狐など動物の神やゾロアスター教、拝火教から火の神があり、天候の神。女神信仰が存続しております。前記の観音も女神ですし。太陽神礼拝があり、それは天照大神となります。その祭司が天皇家だと云われております。

豊穣と戦争に勝つ、家族が健康であること。作物が豊かに実ることは、古代からの人々には死活問題でした。

まことの創造主である神を求める前に、人間側の想像力で神を、創造主に取って代わる物、偶像を作り出しました。

何故だろうか!? サタンはエバに語りかけて『あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり・・。』創世記3章5節には、創造の父なる神に取って代わるとそそのかしました。

父なる神は御子を通して、エデン地球をアダムに管理することを望まれましたが、エバを信頼していたアダムをそそのかし、サタンはアダムにもその実を食べさせてしまいます。サタンは結果的に地上の支配権をエバとアダムを欺して奪い取りました。
サタンは常に地上の欲を満たす、名誉を与えると偽ります。目に見える偶像を拝ませて云います。
偶像の背後にはサタン悪霊がおります。

繰り返しますと、天地創造の父なる神は偶像の神々を嫌います。
出エジプト 20章3節から5節には、偶像に対する神の言葉が書かれてあります。

中でも出エジプト20章4節には次の言葉が書かれてあります。 『あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。』私が初めて行った教会の宣教師は
私は十字架の絵を描いたときに、きつく注意して下さいました。そして語った言葉が、
『あなたはこの絵を通しても祈ってはいけないし、あなたが書いた十字架を観た人がこの絵を通して祈らないように。』と云われました。その教会には十字架の飾りも無い教会でした。

私は14歳の幼な心にシッカリ刻みつけました。
それ以来、これくらいはいいだろう・・と曖昧にしないで偶像を避けるようになりました。

とは言うものの、日本人は葬儀の殆どが仏式ですね。
20歳を過ぎると、仕事先の葬儀に呼ばれる機会が増えました。
お悔やみのしるし、香典は届けました。仏壇の前に呼ばれたときは困りました。
けれど、座っても焼香はしないで、故人には祈らない礼を尽くす意味で軽く頭をさげて終わっていしました。
これは、何故かというと列王供5章18節からです。詳しくは後ほどに。

親族の場合は、クリスチャンだから出来ないとは最初から、言い訳の頭から云わないようにしました!クリスチャンだからを理由に断れません。
避ける意味で、「愛した人が浮気をしたら、いやでしょう!?。私は神様を愛しているので神様だけを拝みたいし、神様が浮気をしている僕を観たら悲しむから勘弁してください。」と理解を求めました。

それでも祭壇の前に呼ばれることがありました。祭壇前に行くと拝みはしないけれど、私が長く涙をながしている観て、「おまえはクリスチャンだからな〜と焼香しなくてもいいよ。」と時間をかけて理解を示してしてくれました。

父親の時は海外駐在中で葬儀には出られませんでした。悲しくて砂漠の中で一人泣き、神に叫びました。
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母親が洗礼を受けても兄は仏式ですると言い張りました。『これは俺{兄}のやり方で、母さんを送りたい!、これが終わったら、おまえのやり方で母さんを送ればいい。」と云いました。それ以上は言い張らず、母の遺骨を抱いて、アルツハイマー認知症から回復後、洗礼を授けて下さいました。新城教会、滝元明牧師先生のところに行き、遺骨に手を置いて下さり、母のために祝福の祈りをして頂きました。

何故?瀧元先生に!?私は富山県で、母の救いを祈りながら4年間。看病しました。
神様が癒やして下さり歩けるようにもなった途端。兄が居た愛知県に連れて行ったからです。
母からも「兄の顔を立てるように。」と涙ながらに頼まれましたかたです。毎月。母のところに通い新城教会に連れて行っておりました。
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滝元明先生、順先生には優しく柔軟に対応して下さいました。 ある日、母と一緒にセミナーを受けているとき、時間が長いので90歳を過ぎていた母親のことも心配して『お母さんが大変だから、早く帰りなさい。後ほど、セミナーのテープを送るから、」語って下さいました。
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さて、聖書には異邦人であったナアマン将軍が、思い皮膚病を癒やされた後で、イスラエルの創造主である神を信じます。しかし彼が仕えるアラム王は異教の宗教の神を信じており、ナアマン将軍は困りました。そこで、エリシャに相談、伺います。

 職務としてナアマン将軍は、「アラム王が礼拝するとき。王の身体を支えるために、彼は身をががめなくてはいけない。」と相談しました、心から礼拝しないことから、預言者エリシャは、彼ナアマン将軍に「安心して行きなさい。」と伝えました。粁鷁5章18節

神様がエリシャを通じてナアマン将軍に認可、許容された気がします。これは一つの神からの知恵だと思います。詳しくは、旧約聖書粁鷁5章17節〜19節をご覧下さい。
 
日頃。私たちが抱える周囲の偶像、葬儀の対応ですが、神様は色々なケースに対して。真剣に求める時に、個人対応で知恵や知識を聖霊を通して与えられます。キーワードは何時も愛と希望と信仰、そして神を待つ忍耐だと思います。

この言葉も再確認したいと思います。
私たちは神の言葉と栄光、そして福音と語り続けたいと思います。

 信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたはこのために召され、また、多くの証人たちの前でりっぱな告白をしました。汽謄皀 6:12
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皆様と一緒に神様から喜ばれる者へと成長したいですね。
最後までご覧下さり有難うございます。あなたご自身の信仰の戦いに、祝福がありますようにお祈り申しあげます。