イエス様を見上げるときに起きる方向転換。

イザヤ 55:6 主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ。
諦め無い、方向転換を誘う言葉ですね。

生まれつき、歩けない。その他の生まれつきの障害を持つ方がおられます。
子どもが産めない女性 夫がおられます。

多くの人々は決して言わない言葉が有ります。生まれつき足のない人に「歩け」と言えるだろうか?と考え込んでいななくなります。
けれど、イエス様はあえて、本人の意志を確かめられた上で発せられた言葉があります。
『起きて床を上げよ!』 『歩き出しなさい。』等の言葉があります。
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ヨハネ 9:1 またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。
中略
「行って、シロアム(訳して言えば、遣わされた者)の池で洗いなさい。」そこで、彼は行って、洗った。すると、見えるようになって、帰って行った。ヨハネ 9:7

人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言って、それから中風の人に、「起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい」と言われた。マタイ 9:6

イエスは彼に言われた。「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」ヨハネ5:8等に書かれているイエス様の言葉です。

人が、生まれつきでも、人生の途中からでも障害、問題を抱え込みますが、イエス・キリストと向き合うとき、リセットされるという希望を持つことが、「スタート。」になります。希望が期待を生み、信仰を育てます。短時間で起きると奇跡ですが、。そのスタートはやはり イエス様の言葉{聖書を}信用、信頼して聞いて行動する人々への恵みと力となります。

『主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ。』イザヤ 55:6
頭で・・知識で知ることでは無く その領域{知識}を越えたところでイエス様と出会う。必要もある気がする。自分の意志とイエス様のリセット力です。
そんなリセット力を手にするためには、やはり父なる神が言われた言葉、主の祈りの中にあるように神様の栄光を崇め見たいと強く願うことから始まりませんか?
神様の御言葉通りに我が身に起きることを何年でもいいから願い続ける根気力が必要な時がありますね。
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