神からの神託。

サムエル以後。多数の予言者を通して ユダヤの民に語りかけました。
語りかけた予言者の個性も、神の選びには活かされています。強い信頼を神に持ったエリヤは預言の他に奇跡を行いました。バアルの神官と霊的な戦いをしましたね。
けれどその後、イザベラ女王を、生ける神以上に、彼女を恐れすぎたためか、40日余り。神とのコンタクトが取れなくなりました。エリヤの弱さもありのまま聖書は伝えています。
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エリヤの弟子、エリシャはエリヤと共に暮らしながら預言を学び訓練されました。{神は預言する人の個性と素質を見分けられます。}エリシャは、エリヤの2倍の祝福を求め、天に挙げられる時、その証として、エリヤのマントを拾い上げました。彼の願ったようにエリヤ同様 それ以上の働きをしました。 エリシャが神に近付きたい熱心さと、彼自身の性格からの影響、祝福がある気がします。
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涙の預言者と呼ばれるエレミアも私は好きです。とりなして祈るの人でした。
ユダヤはバビロン捕囚に向かう事を神から告げられます。民に悔い改めを迫りますが無視され迫害 苦しみを背負いながら、神の預言を語りました。人は何故?破局を迎えるのか?回避するために何が必要かを語っています。

預言者ホセアも好きです。神の命令で妻をめとりますが、妻の裏切りから、神の愛とユダヤの民の関係が切っても切れない神の愛を身をもって伝えています。
ホセアの体験!神様は預言の言葉だけでは無く、神の言葉を味わう、体験することも望んでおられる気がします。象徴的行動を示すことを望まれることがある神様でもありました。

裸の預言者
そのとき、主はアモツの子イザヤによって、語られた。こうである。「行って、あなたの腰の荒布を解き、あなたの足のはきものを脱げ。」それで、彼はそのようにし、裸になり、はだしで歩いた。
イザヤ書 20:2  腰の粗布を取りとも書いて有るため 恥をさらけ出す意味からユダヤ人が捕囚 奴隷になる警告です。逃げ出さないために奴隷は素っ裸だった聞いています。
*現代でも預言者になりたい人は覚悟しないといけないかも知れない!?

預言者エゼキエルは左脇を下にして390日間横になりました。それが終わると今度は右脇を下にして40日間です。イスラエル、ユダヤ人が神に背を向けていたことを気づかせる行動的 象徴的行動です。 現代の預言者と名乗る人には無い行動{私だけが知らないのかも知れないですが・・。}


そして、私達が神は愛の神である事を思い出すようにと励ましています。
神ご自身の契約の民に対する変わらない忠実さがその愛の大きさを物語っています。イスラエルが何度も何度も他の神々に寄り頼んでも変わらない神の愛が、不誠実な妻を愛し続ける夫の姿を通して語られました。預言は神の愛に背を向ける人々に対する警告でもあります。この預言書には、ホセアとゴメルの結婚を通して、偶像崇拝を続けるイスラエルに対する神の愛が、罪と裁きと赦しの愛というテーマで描かれて、恒久的な預言書となりました。


彼ホセアを通して主は、『私をもっと知りなさい』語っています。
ホセア6:3 「私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、確かに現れ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。」

神の自由に人を選びます。普通の人、牧者であり農夫、普通の人だったテコアのアモスをえらびました。 
神は普通の人を通してイスラエルに警告しました。当時はある程度の繁栄をしてきた時代です。しかしその繁栄が神の支えによる事を忘れかけ、誇りおごり始めた頃の警告でした。

アモスによって滅亡を告げながらもなお神様は 「イスラエル、 あなたはあなたの神に会う備えをせよ。」(4:12)と呼びかけ、 「わたしを求めて生きよ。」(5:4、6) と語りかけられるのです。神様の呼びかけを無視してはいけません。

その後も 預言を通してユダヤ人=公に神に立ち返るように語られた主キリスト 神です。
新約との違いに続く!