私たちの使命とは!?

私たちは、キリストの福音と栄光を求めています。 映画 沈黙は 神は私たちを見捨てるかのような表現も一部にありました。神は本当に沈黙したままでしょうか?

私たちの人生の最終段階で、神を讃えその栄光を求める者には、ハッキリを答えを出しておられます。それを選び取るか、拒否するかは 私たち自身。個人の選択です。その選択の答え イエス&ノーに対しては、神は沈黙はしておられません。
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確かに人生での各種の問題は次々と起きてきますが、最後まで神の栄光を求め続ける者には、神は回答、恵みを与えられます。神の栄光を第一に・・神の義を第一にする者には、その願うことを 神の御心に従って回答なさいます。それはキリストの栄光と、永遠の命 救いを求める者への恵みでは無いでしょうか?。
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見よ。主の目は主を恐れる者に注がれる。その恵みを待ち望む者に。詩 33:18  
キリストの栄光を現すことは、神の国を広げることでは無いでしょうか?
イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、
福音を宣べ伝えなさい。マルコ16:16
宣教の歴史は、簡単なものではありませんでしたが、 キリストの復活、出会いが力となり希望となりました。
 信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。。汽謄 6:12 
神の愛と福音を語り伝える人を、キリストは求めて居られます。私たちはその1人1人です。 

ローマ10:1 兄弟たち。私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。
ローマ10:13〜10:15 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。
 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。
 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」

使命 
水と血を流された イエスが行かれた道 その道 私もついて行きます

険しい山 谷間も海の果てまでも 彼らを救うため 全てを捧げます

父よ この私を遣わしたまえ 命も惜しまずに従います

険しい山 谷間も海の果てまでも 彼らを救うため 全てを捧げます

父よ この私を 遣わしたまえ 命も惜しまずに 従います

たとえ憎まれても 愛し続けます 救いの十字架に従います

命を捨てるほどに 愛された主よ 小さな私を受け入れたまえ
                 
 
                
*いつも心の風景から、聖書の愛と福音からの癒やしの記事をご覧下さり有難うごさいます。読まれた後。もし宜しければ、下記の投票のボタン 各項目バナーを押して下さいませんか? 未だキリストを知らない人々にも 目が止まりやすくなる為です。感謝申しあげますブログランキング・にほんブログ村へ
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