今日は・・

バレンタインディーです。
チョコレートの交換は済みましたか? 私は一箱、頂きました。けれど今月初めだったのでつい食べてしまいました。

近くのスーパーで チョコレートケーキとカカオ成分の濃いチョコを買いました。 カカオは身体に良いと云われていますね。
バレンタインはイタリアの修道僧の名前です。269年 ローマ皇帝 の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌス (テルニのバレンタイン)に由来する記念日だと、主に西方教会 の広がる地域において伝えられていました。この修道僧は、恵まれない子供たちに施しを始めたとか・・愛した人と結婚(修道僧の結婚は禁止だけれど、愛を選択した。)したとか・・?

見返りを求めない無償の愛の表現がスタートでしたけれど・・。
バレンタインにチョコレートを送る習慣は、諸説あります。この習慣は日本が世界に広めました。神戸の菓子屋モゾロフが広めたことが始まりです。1958頃からです。

今から四〇年前に、私は、ハート型のチョコを買い求め、妻の名前を書いて貰いました。
そして、妻の棺に納めました。 妻は三〇才に癌で亡くなり、丁度。バレンタインデーの日に葬儀がありました。あれから40年が過ぎました。

何故?妻が先に三〇才で若くして無くなったのか?詳しくは神は沈黙したままです。
幸い、妻はキリストを信じると言って亡くなりました。

私たち・人間側から見たら。神は沈黙をしていると思うこともあります。
けれど、。聖書を見たら、神の意志は人を罪から救い出すこと!これが大前提であり、御子の栄光につながることです。
病が癒やされることより優先されることは、私たちの罪からの救いであり、御子の栄光につながることです。

明確な、罪の悔い改めと、救いを理解し信じないのに救いと癒しは無い気がします。けれど今は未信者でも、信じたいと願う人には、神の恵みとしての癒やしがある気がします。

時の流れの中で、神の沈黙の意味を個々に・・個人的に理解したり、またその時の苦しみ以上の恵みを神が与えます。
神の望みを置くからこその恵みです。神に・・キリストに期待しない人には、これらの沈黙の意味や本当の神の恵みは理解し硬い気がします。

一度は誰でもが祈ります。個人的な祈りに自身が無いときには誰かと一緒にも祈ります。然し、一緒に祈っても 各自の信仰が左右する気がします。信仰は神にどれだけ期待するか? 過去を見て確認して 未来を期待し確信する事が信仰と定義出来ませんか?

答えが得られないとなれば、神が沈黙したとか!?癒やしが無いとか断言してしまっては、神の神格を傷付けることになりかねません。人間側から見たら、神は沈黙したと言い切ったとしても、
聖書にはハッキリと神は答えています。決して神は沈黙をしていません。
現世の癒やしが無くても永遠の愛による罪の許し・・永遠の命の癒やしがあるのですから。

妻が亡くなってから数年間は、神と問答しましたが、何故?妻が若く死んだか?その理由 答えはありませんでした。けれど、それに代わる・・それ以上に素晴らしい神の愛を知りました!!

キリストに栄光が在りますように・・。

  *いつも心の風景から、聖書の愛と福音からの癒やしの記事をご覧下さり有難うごさいます。読まれた後。もし宜しければ、下記の投票のボタン 各項目バナーを押して下さいませんか? 未だキリストを知らない人々にも 目が止まりやすくなる為です。感謝申しあげます。 ブログランキング・にほんブログ村へ
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