神の存在は尊いです。

しかし空気に似て、なければ生きてゆけないが、時にはその存在を意識しないことが多い。
だから時に、存在に気づかせられるような不思議、喜び。はたまた病気、苦しみ、災難が与えられるということは、生の価値を認識するありがたい機会となるのだ。
喜びは、誰でもが感謝を捧げます。けれど、喜びの記憶、詳細な事は薄れやすい気がします。

しかし、苦しみ、試練、 病はどのように戦って、どのように向き合ったか?
全く 神を キリストを知っている人と知らない人が居て、 その経過体験は個々に違いますね。
その経験は忘れがたくて、のちに神を讃美することに変えられています。 

ヨブの経験を深く読んで下さい。誤解をしないで下さい。
病気、苦しみ、災難が来るのは、神が与えるのでは無く、サタンが自由に出来る権利を持っているのです。けれどその災いを遠ざけたり、保護するのは、サタン、悪霊に勝る力を持っておられる神の力なのです。
 
キリストを知っていると、乗り越え方が違うように成りますね。
同じような苦しみ、試練 
病の向き合い方が良い結果に成りますね。
それは、神にある永遠の希望を持つことが出来るからです。
 
その永遠の希望の中には、神の愛を深く知り慰めを受けることが出来るからです。
 
愛は空気の様に見えませんが、肌で感じますね。
神との愛の触れ合いから生まれた経過は忘れることは無い。
 
神様は、個人 個人に対して、それぞれに対応し愛を示される。
だから多くの愛の物語が生まれる。
全てに神は応えて下さる。このように期待することから、神に信頼という信仰が生まれます。

ヘブル
11:1 信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。

祈ったけれど、答えが直ぐに無いからと失望しては成らない。 きっと 神は応えてくださると 未来に希望し、確信をするように導かれる。信仰的な確信の無い方!どうか諦めないでください。
神はその時が来たら、あなたに突然、聖書から語りかけてきます。
御言葉の確信、信仰の確信を、。神ご自身を絶えず求める人には報いがあります。

ローマ 8:26 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。
 
病の場合は強い確信が必要です。
神の愛。言葉を信じ切った人は幸いを得ることが出来るからです。
 
二つの癒しを与えられます。地上では心と身体の癒しを与えて頂けます。
天国での永遠の魂の癒しが与えられます。
 
永遠の魂の癒し、救いをシッカリ知り受けること、理解して神の言葉を信じていれば、地上では心と身体の癒しを受け易くなります。 まだ心と身体の癒しを経験していなくても、希望を切らさずに、神の時を待ちましょう。
 
癒しが先では無く、神ご自身を先に求めましょう。各自に与えられる神の言葉を待ちましょう。
幼子が、母の乳を慕うように 神の言葉を待ちましょう。

祈った事が答えられていない人も・・祈ったけれど また癒やされていない方も・・生きた神の言葉を味わい経験していなくても・・神の言葉とその時を待ちましょう。 聖書の言葉の一語でもを否定しないで下さい。それは神の人格を傷付けることに成りますから・・。
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キリストへの希望、永遠の癒やしを切らさず 失望しないで待ちましょう。

汽撻 2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。