全ての信仰する者には、

癒やしは永遠のテーマ!
誰でも、なにがしらの信仰を持ちます。神は居ないという信じる人も、それも信仰かもしれない ?

私はイエス・キリスト信じています。 第一に十字架の救い。永遠の裁き=地獄からの救いです。
神は愛から地獄は無いという方もいます。救いの本質を聖書から読み解けば、キリストの救いは、私たちを第一に何から救うために十字架に掛かられたのかが、分かるのですけれど・・?

神は私たちが平安に暮らす事を願っておられます。

ヨハネ14:27 わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。
 

この平安を私たちから奪い、混乱させて、神の愛から引き離し。神は居ないと言わせようとする霊的な勢力の存在が在ります。サタン悪霊たちです。

エペソ6:12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
 
この勢力は、私たちを混乱させて、 迷わせ、憎しみをもたらし、互い闘わせようとします。戦争やテロも利権=欲望、憎しみと誤解から生まれています。
一番、身近な混乱は病です。祈っても病気は治らないと宣言させて、神の子キリストへの信仰を失わせようとします。

癒やしを祈る人に向かっては、「あなたは異端です。!」と言えば、中には祈ることを止めて自粛する人もいます。しかし異端だと決める人も、癒やしを祈る方も、聖書に帰って常に吟味しなくては成らないのです。

私の祈り方は主に、聖書に書かれてある言葉を。その言葉通りに、私なりに応用して、私自身の祈りに変えています。

私の母が認知症で記憶をなくしました。その時 どのように祈れば良いのか?分からずに4年近くが過ぎ、ふと聖書の言葉を用いて祈り、神の権威に信頼を寄せてイエス様にすがりました。

『イエス様、父なる神よ。聖書には病の霊とかが書かれています。私はこの霊的な実態を事を一切知りません。
 けれどあなたは、全知全能の神ですから、もし母に関わっている霊的な存在。それは母の救いを妨害し手居るなら、どうかあなたの権威で取り除き追い出して下さい。母が、母の口でキリストは主で在ると告白できるようにして下さい。 キリスト様のお名前でお願いします。』 と祈りました。

悪霊と向き合わず、悪霊に出て行けとも言いませんでした! ひたすら、神の権威に信頼し、すがって、全能の神、キリスト様にお願いしました。だって! 悪霊の正体 病の霊の正体詳しいことは、全能の神が全てご存じだから、キリスト様に全部 お任せしました。

いじめられたときに、父親の処に駆け込んで、父親に助けを求める感じです。
犯罪に遭遇したら、警察に駆け込んで、警察にある取り締まる権利、権威があります。 
その警察に助けを求めた感じに似ています。
 
 その3日後に、母の記憶が戻り 癒やされました。神が癒やしたのだと確信するまでしばらく掛かりました。
医師さえも匙を投げていたことが分かったからです。 『お母さんが治ったのは奇跡だよ』言ったからです。

それから、下記の言葉を読んでから 私の癒やしのミニストリーが徐々に始まりました。
ただでうけた母の癒やしの経験から、癒やしを聖書の言葉を用いて祈るようになりました。 目の癒やし耳、癌 色々経験させて頂きました。

マタイ 10:8 病人をいやし、(死人を生き返らせ、ツァラアトに冒された者をきよめ、)悪霊を追い出しなさい。あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。

私の祈りとなった聖書の言葉があります。
使 4:30 御手を伸ばしていやしを行わせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行わせてください。」
神様の癒やしの業を・・、キリストが行うことを見たいと願うようになりました。そして、主の御名を崇めたいと強く思うようになりました。

 キリスト様は、ご自身で、私は神。癒やす神だと一言も言わずに、私だけが、信仰によって治ると言えば、。それは異端になります。

しかし神は・・キリストは 癒やす神だと宣言しておられ、その言葉を信じて多くの人が癒やされ奇跡を経験しています。 もちろん、神は知識や科学さえも人間に与えましたから 医学も 活用すべき処は活用しなくてはいけないと思います。だから、私は祈りだけで治すとは決して言いません。
 
医学だけでは支えきれない 心 精神を包み込む キリストの愛と癒やしに期待し信頼を重ね 希望を見いだしている一人です 。

癒やされたいと願うならば、 神を信じ、信頼して、人を憎まず、自分自身を許し キリストの救い 十字架の意味を深く知らなくては 神の癒やしを受けることから遠ざかる気がします。

キリストに栄光が在りますように。

 
追記

癒やしは 聖書に書いて有ることです。
また、私は特別変わった祈り方をしません。 聖書に書いて在る祈り方をします。
すると・・癒やされます。

急に治るとき 徐々に治るとき その癒やしの工程の間。神さまとの交わりが大切かと・・

また基本では 十字架の救いを意味 意義を本当に知らないと癒やしを受け硬い。

悲しいけれども、癒やされたと言っても また元に戻る人さえいます。 

理由としては癒やされた喜びを、周囲の人々に伝えず、神に栄光を期さなかったのか?
十字架の意味を深く理解していなかったのか? 救い!その十字架の意味を知ってほしいです。

これの大切なポイントかもしれない。大病、難病には励ましが必要です。その時、気分が良くなって癒やされたと感じても、病の霊たちがまた騒ぎ、痛みや困難さを感じさせてきます。試練をまた次の手を運びます。

周りの人々が励まして信仰を燃やし続ける 希望を 信頼を積み上げる必要も感じます。
牧師先生、周囲の兄弟姉妹の助け、励まし、祈り指導が必要です。

あの時、アルツハイマーの母を医師も匙投げて、牧師も一度は祈ったけれども、継続して祈ってくれませんでした。母は、私がキリスト様を信じることには、理解していましたが、母の口からはキリスト様を信じるとは言わず、「キリストは主です。」とは告白していませんでした。
 
母の口で、告白出来るように祈り求めました。
 
具体的な祈り方があるか?色々のセミナ屋本を買いあさり読みふけりました。
三年半探して続けて、ブログの中に書いた、キリスト様の権威と母に関わる病に霊的存在ことを考えて助けを求めました。三日後に 全ての記憶が回復しました。

母が癒されなかった、今日に私は存在していませんでした。

キリスト様の権威、栄光が在りますように!ハレルヤ!!