仕事上。同じ社内で別の現場の応援に行きました。

私の勤務している会社は色々の施設や病院、会社の給食をおこなっています。その一つで別の現場の応援に行くように命じられました。と言っても先月のことです。だた何かと忙しくしていて、ブログを更新していませんでした。

 その施設の夏祭りをおこなうので手伝うように・・転勤の可能性もあるのでよく見てくるようにとも言われました。

その施設は知的障害者が生活訓練と仕事を覚えて社会復帰できるように訓練する施設でした。
兵庫県立の精愛園でした。天皇皇后陛下も、この施設を見学訪れておられます。
県立精愛園

県からの委託を受けて、この施設の給食、会社が引き受けています。038

朝の六時に出勤しましたが、ほとんどの仕込みは前日に終わっていました。仕事見るように言われていましたがすることがほとんどありませんでした。その職場の責任者は、私と職場を入れ替わって他の職場への転勤する要請も受けていました。けれど、本人はその気が全くなく、転勤は望んでいませんでした。引き継ぎには一ヶ月かかると言っていました。客先である施設の栄養士も、転勤には不安を感じていたです。無理矢理転勤をして何か問題が起きたときに誰が責任を負うのか?疑問に思いました。

 引き継ぎをする時の方法。

 仕事を後任者に引き継ぎをするときには、普通は3段階を踏みます。
〜瓦不慣れな後任者の場合は、まずは、仕事全体を見せる。

同じ仕事で慣れているなら、一緒に仕事をおこなう。その時には仕事進め方、やり方を見せます。

次には引き継ぎ者に仕事をやらせてみる。 この方法なら最低3日かあれば。。長くても一週間だかな?それぞれの仕事内容にも異なりますね。(私は料理経験は長いのですが・・)

 現職場よりサービス残業も増えそうな感じでした。けれど努力すれば報われると信じているので、多くのひとはサービス残業を受けいてているのでしょう。その背景には仕事に対しての責任とプライドもありませんか?

 夕方の7時まで拘束でしたが、ほとんど仕事らしいことは無くただ見ていました。
精愛園 http://www.hwc.or.jp/seiaien/index.html

知的障害も色々のタイプの人がいます。此所は入寮施設です。朝、昼 夕食の3食を提供しています。この日は夏祭りで近隣の住民との交流夏祭りで屋台を出しました。盆踊りの時もありましたよ。
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食券が格安で販売されていました。
0ホットドッグ

当社の担当で焼きそばとホットドッグ フルーツカクテルを販売しました。

受付


この日はとても暑い日でしたので、焼きそば作りも大変だと思いました。でも手伝わなくても良いと言われました・・?
焼きそば作り

 園生達は浴衣に着替えて楽しみにしていたようで、親しく声をかけてくれました。
ある意味、知的障害者は子供のまま成長したのですね。与えられている命。その命は高価で貴いと思います。
私の友人2人にも知的障害の子供を持っていいる友人がいます。何かと苦労をしています。一番の苦労心配は、「私たちは年齢的に先立つので、残されていく子供が心配だよ。」と・・ この言葉には重みがありますね。


海外に比べても日本には施設が少ないです。
日本では預けたくても、預ける施設が全体数、少ないです。通勤途中にグループホーム訓練所があるのか、親子連れで毎日、通所している親子を見かけます。年齢は高くても、天真爛漫な子供と同じです。付きそう親の心労を思うと大変です。

 又、昔に比べて、海外に比べても、安全優先で自由さよりも規則で縛る傾向も増えている気もします。
私は教会を通じて、スエーデンの老人ホームや知的障害者施設にもポランテアで料理作りで訪れています。

昔は自由な施設と園長の才覚の中で、日本では山下清のような天才画家も生まれています。

又。友人は自宅で知的障害の子供を見ています。親が病気したときが心配ですね。子供が病気したとしても、旨く 痛みや病気を伝えられずに手遅れにもなりかねません。子供がガンになっても気がつかずに、手遅れになった友人がいます。数年間。彼は自分を責めていました。でも仕方が無い側面もありますが、彼にはかける言葉が見つかりませんでした。その子は習字が得意で、綺麗な字を書く子供でしたが、知能が3〜4歳だと言っていました。

知的障害者といえども命があり懸命に生きています。私が貢献できるとしたら、彼らの食事を美味しく作り喜んで貰うことくらいです。何か望むことに対しても、少しの手を貸すことも出来ますね。

 早々。転勤の話は消えました。