イエメン日本人拉致事件の進展が止まったままです。

 今も、多くの日本人が海外で仕事をしています。 必ずしも安全に歩く事が出来る国には、何処にもないですね。ただ日本があまりにも安全な国ですので、海外に出てからも、その感覚が抜けないのかも知れないです。
海外では自分の身の安全は自分で守ることが原則です。

 私自身は正直に言うなら、イエメンでは日本人拉致は起きない地域だと思っていましたが、日々世界情勢は変わりつつあると思いました。アルカイーダ組織は昔はなかったし、今回もこの部族が関わっているとニュースで聞きましたが、本当のところは解りません。1日も早い可決を願ってやみません。

 私は1980年代に、イラクに滞在していたことには、富士通の社員がイラクのある部族に拉致されました。大金を支払い解決されました。フセイン大統領の力添えが日本に対してありました。 けれど、日本では大きなニュースには成りませんでした。バビロン 獅子の門20                     
その後、私が町中に仕入れ買い物出かけるときには毎回。銃を持った兵隊が護衛をしてくれるようになりました。

左の画像はバイロンの遺跡の門の前です。

1970〜80年代には高度成長基でしたね。慣れない海外で多くの日本人が働きました。

 中には仕事と慣れない環境で精神的な病気になる人もいました。精神的に追い詰められたらかです。これでは駄目と判断されて仕事半ばに強制的に帰国され、『成田に着いたぞ!』と肩を叩かれたとたんに
我に返った人がいた話も聞いています。

ある海外の職場では、『日本に帰りたい!』と酒に酔ってスーツケースを持ち出してあばれて・・みんなで気持ちを静めるようになだめていたが、夜中に宿舎を抜け出して、港に浮かんでいた人もいました。言葉にならない悲しみで一杯になりました。会社の命令・・家族を思い慣れない国での仕事に疲れての事でしたが・・ 

本人の意志と適用性に関係なく、海外出張を命じられた人ですね。

前記の「沈まぬ太陽」も本人の意志を無視した海外転任の話が出てきます。 日本では部下に慕われていた人が、海外では仕事のストレスから
鼻つまみの性格に一変した人も、私のいた職場にもいました。

幸い、私は海外の仕事、生活は水があっていたようようでした。良い思い出が沢山出来ました。

下の画像は イラク メソポタミア砂漠です。

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