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心の風景、愛の聖書、福音と癒やしと日常から。ミカエル小栗

ミカエル小栗がつづる心の風景。聖書の福音は愛と救いと癒やし。日常の出来事の心の雑記帳風景ブログです。聖書に基づくカウセリング、祝福と救いと心の癒やしを祈ります。あなたの教会のメッセージ奉仕もします。ご依頼はメールにて!

2020年02月

神は神の計画があります。

第一の計画は神の国を、
この地上に立て上げることでは無いでしょうか?

御子のために用意されたと思えるエデンの園を再び、サタンから奪還、アダムの末であるキリストによって、信じる人々を救い出して、永遠の命を与えること、神の国を地上でも等しく作り上がることではないだろうか!?

ヨブは主に答えて言った。
『あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。』ヨブ記 42:1〜2 
と言う聖書の言葉があります。このみ言葉はヨブの告白で真実です。
前期の聖書の言葉から、神が関わり神が立てた計画は成功すると信じます。

ところで、北朝鮮の拉致は人の立てた計画であって、神の立てた計画ではないと思います。どの様に思われますか?

全てのことには神の介入はどこまででしょうか? わからないですね。
思いもしなかった災害に見舞われたりもします。それには神は介入しないのでしょうか?
地震、津波、大洪水などなど。災害を受けた人々の心の状況や受け取りかたで違ってきます。
想定外と言われた原発事故の原因は人間側のたてた計画の狂いからです。神の計画では無かったですね。 バベルの塔を建てようとしたことも、神の元来の計画では無かったですね。

けれど、様々な原因、要因から愛した家族の突然の死にも遭遇します。
ヨブも息子娘が、隣国のジェバ人がヨブの土地を奪おうとした。
その侵入で息子家族が殺されました。ここには神の直接、介入計画があったのでしょうか? 聖書を見るとヨブを試みることをサタンに許してはおりますが、災いの手段は、サタンの一存、思いのままでした。
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一つの例ですが、おぼろげですが、私の妻が癌で当然無くなりました。
主よ何故ですか?}との問いかけには、その答えは神からは直接、無いです。
妻が30歳で死んだ答えは明確ではないです。
ヨブ自身も息子、娘の死には嘆いておりますが、神には問いかけず、ありのまま受け入れた節があります。

失ったこと、無くなったことは取り返せませんね。何故?癌になったのか?問いかけても神が直接は答えませんが、身体をいたわる、検診するは、私たち人間側の責任もあります。

しかし、その後の色々ことを通して妻が若く30歳で亡くなったのは、おぼろげに、きっとこうなんだろうなぁーと思う事、その間、今に至るまで、私の嘆きを支えて、神が守って下さったと思える事も、あの時のアレが神からの忠告だった!!
その事も素直の聞いていれば良かったと言える事も沢山あります。
それらを秤に掛けても余りある年月と神と共に慰めて頂きました。

多くの北朝鮮拉致被害者がいます。未解決のまま、しかし諦めずに祈っています。
私自身、何度か証しをしておりますが、スペイン バル
セロナで声かけられて『
北朝鮮、平壌を観光してから日本帰国をしませんか? 飛行機代が殆ど変わらず、路線変更も無料で簡単ですよ!
もし余分な費用は出たら僅かですから、大丈夫。食事代程度だから、おごっても良いですよ。
何だったら、今晩、私の自宅に来てキムチや韓国料理をご馳走しますから。』と声かけられた。

又、能登半島の海で、姉家族と泳いでる時も、ゴムボートで沖からやってきた韓国語を話す人3 人に指さされたこともあります。能登半島でも拉致事件があったと、分かってからそのことが頭から離れなくなりました。
拉致家族に自分自身を重ねてしまいます。

前期の聖書の言葉は、ヨブの告白です。神の立てた計画は成功すると思います。

拉致は神計画では無く北朝鮮の欲望からの暴走だと思えます。ヨブ記の冒頭サタンの言葉の中にヒントがある気もします。

ヨブ 「 あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。
 1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」


ですから苦しみ 悲しみ あらゆる形の災害の原因を追及したら、出来事には全て神が関わっていない事も有ります。

私たち人間を失望させて神から引き離す力 サタンもいます。試みるサタンがいます。誘惑する者がいます。 間違った情報、間違った胸裏と神学で諭す者がいます。

けれども 最後の最後で諦めず 失望しないで 神に期待します。
拉致家族の有本さん。娘さんの帰宅を待ち望んだけれど叶わずに、亡くなった有本さん家族には、心からの哀悼を捧げます。

ただ祈っていた事も全てが叶わない現実も在る気もしました。
逆に爆然と御心だと信じていただけで聞かれた願いもあります。これらの区別は難しいですね。
御心に沿った、神からの計画の祈りは聞かれると徹底して信じます。
神から出ていない事、神様の神の計画では無い事は、神の介入は難しく望み難いです。

しかしながら神に信頼している時、願いが叶わずとも、神からの慰めは必ず有ります。
そして大切だと思うことがあります。次のステップの為に、神に信頼し保つこと、それは信仰です。
競灰螢鵐7:9〜10
 あなたがたは神のみこころに添って悲しんだので、私たちのために何の害も受けなかったのです。
 神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。

この記事の冒頭にあげたヨブの告白は、ヨブの友人から責められた後に告白しております。
理解できない出来事を神に追及しても、神は答えをすぐにが出さない。深く大きな神様の計画を人知では計り知れないからでは無いでしょうか。
ヨブの友人 賢人と言われる3人と若いしもべから色々言われ、討論をしておりますが、
神の時を待っています。神には期待を述べております。

ただ神の栄光を崇め待つ中に時間年月の中で、神は静かに答えを見せて下さると信じて待ちませんか!?
もし,からし種ほどの信仰があったら,この山に,『ここからあそこに移れ。』と言えば移るのです。』マタイ17:20
このイエス様の言葉には、100%信じる事、100%期待して待つことも含まれている気がします。 99%では無いのです。1%不足してもダメなことです。
叶うまで、山が動くまで。願いが叶う、問題解決するまで時間も掛かり事も有ります。


答えが来ないと諦めさせて、
サタン、神から引き離そうとするサタンが邪魔をすることが多いからです。
いなることがあったとしても神から目を離さないで日々を過ごして忍耐して神の時を待ちませんか!

すると神の憐れみと愛で、信仰が不足していたとしても、主イエスが執り成し手下さって、その主の執り成しの祈りから、急に叶うこともあります。
へブル12:1〜3
12:1 こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。
12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
12:3 あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。


預言も個人的に祈った事も、時を隔てて叶うことがあります。

母の幼少の頃。6歳から8歳位の時、その女性宣教師と出会っていました。その時は母は信じる事は出来ませんでしたが、約80年を過ぎてから、母の為祈られた方、女性宣教師も亡くなられましたが、母はキリストを信じるように導かれました。しかもアルツハイマー記憶喪失から癒やされた後のことです。


その宣教師は、群馬県前橋市を中心として船橋なさった方です。当時の宣教師、バーネット師の執り成しが最初にあって救われたと思います。バーネット師 → バーネット氏のことはこちら 


一度祈れば、神は耳が有り目があります。必ず答えられ、叶わずとも理由を明らかにして下さると信じます。 ヨブ記も最後には、その理由を、ヨブに答えておられ、回復する方法も教えられました。 それを聞いてヨブは素直に聞き従いました。
とても困難なことでしたが、試みられた神と賢人と僕を許し、神に感謝しています。


あるコメントに答えて、

『私自身も一時、再婚を考えた方もいますが、先方の事情から急に取りやめ、けれどその方は癌で亡くなられました。

地震 津波で亡くなる事が有ります。神の計画か?サタンの計画か分かりません。拉致もそうです。

私と姉家族が拉致されたかも知れません。

神に問いかけても答えられない。

とか、祈りに答えないとか最初から考えずに死ぬ間際までと祈り続けたい事も有ります。

神がヨブに答え無かった事も有ります。

今すぐに答えられ無い事には謙虚に、へりくだりを保ちたいと思いました。

有本さん家族の事とヨブにも全て答えておられない神がいますから。諦めではなく謙虚に待ちます。謙虚に、山が動くにも神の認可も必要ですが、。

拉致被害者、横田めぐみさんの母親はクリスチャンとなられた横田早紀江さんの為にも継続して慰め、励まし、そして祝福を祈ります。』




             



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人生。様々な出来事に、壁に突き当たる。
人生のむなしさ 私たちの力のなさにため息する。


私たちの力は十分ではないと言う声を声を聞きます。しかし戦い続けます。
 私たちは私が測定することは決してないだろうと言う声は、すべての嘘!
 私はすべての最高と最低の合計以上のものですから。
 私が知っている必要があるので、私が誰であるかをもう一度思い出してください

 あなたは私が愛されていると言う
 感じられないとき
 あなたは私が強いと言う
 私が弱いと思うとき
 あなたは私が愛されていると言います
 何かが不足しているとき、その何かとは あなたを信頼して信じる事。

その時、キリストにあって強くなり、希望が持てることを知ります。

 神が、私が私自身であると言う。
 そして、私は信じています
 私は信じている
 
今、重要なのはあなたが、私について考える
あなたの中に私の価値を見つけ、あなたの中に私のアイデンティティを見つける。
あなたは私のことを言う、高価で貴い存在だと
 私は信じている

 あなたは私が愛されていると言う事を
 感じられないとき
 あなたは私が強いと言う、
 私が弱いと思うとき
 あなたは私がキリストを着ているとされていると言います
 
全てが不足しているとき、力不足だと嘆くとき
 あなたは、それが私があなただと言う
 
そして、私は信じています
 私は信じている
 あなたは私のことを言う時に、
 私は信じているキリストを思う時。

 私が持っているものをすべて取り、今、私はそれをあなたの足元に置きます
 あなたはすべての失敗を持っています。
神、そしてあなたはすべての勝利を手にするでしょう 
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 あなたは私が愛されていると言う
 感じられないとき
 あなたは私が強いと言う
 私が弱いと思うとき
 あなたは私があなたの者とされていると言います
 全てに不足しているとき
なにも無いときにこそ。その時だと言われ
あなたは私があなただと言れ。自分を見つめる。
 
そして、私は信じています
 私は信じている
 あなたは私のことを言われることを
 私は信じている

 ああ、信じる
 はい、信じます
 あなたは私のことを言う
 ああ、信じる。
高価で貴い存在だという事を言われるキリストを信じます。
私が弱い時に強くなれる。神の愛と助けが有るから。

イザヤ 46:8 このことを思い出し、しっかりせよ。そむく者らよ。心に思い返せ。
 46:9 遠い大昔の事を思い出せ。わたしが神である。ほかにはいない。わたしのような神はいない。

ヨショア 23:3 あなたがたは、あなたがたの神、主が、あなたがたのために、これらすべての国々に行ったことをことごとく見た。あなたがたのために戦ったのは、あなたがたの神、主だからである。

ローマ 13:14 主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。
士師記
6:12  主の使いが彼に現れて言った。「勇士よ。主があなたといっしょにおられる。」

イザヤ43:4 わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。

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