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心の風景、愛の聖書、福音と癒やしと日常から。ミカエル小栗

ミカエル小栗がつづる心の風景。聖書の福音は愛と救いと癒やし。日常の出来事の心の雑記帳風景ブログです。聖書に基づくカウセリング、祝福と救いと心の癒やしを祈ります。あなたの教会のメッセージ奉仕もします。ご依頼はメールにて!

2020年01月

新しいコロナウイルス、

コロナウイルスは通常の風邪 インフルエンザの元になっているウイルスが新しく変化したようです。
風邪 インフルエンザに何度か感染すると、人には抗体が出来るのですが、私たちの身体にある白血球は病原菌に対しては攻撃して沈めるのですが、このコロナウイルスに対して未体験の白血球で抗体が出来にくい、準備が間に合っていません。

幼い子ども、高齢者は白血球の抵抗力が弱いので重篤になりやすくなります。

また昔から知られている 
ヒトメタニューモウイルス感染 肺炎を起こすようです。

ところで、黙示録にも書いてある4人の騎士があるんだけど、終末には色々な事が起きると思う。
黙示録の騎士

私は何時も主の祈りを絶えず祈ります。「主の栄光を崇められ、。」と祈りながら災い 「病を遠ざけてくださいと祈ります。」
主の祈りには幾つかの主題に分かれています。
それらの主題の意味に合わせ個人的に思う事 賛美と願いを祈ります。

黙示録に在る、書かれた様々な事を実際に起きると先々を心配するよりも、主に在って慎ましく清く、主から義と認めてくださる日々の生活を積み重ねたい。
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主が好ましくないと言われた咎 イザヤ59:1からも遠ざけ。主が耳を傾けてくださるよう祈ります。 
イザヤ59:1 〜2 見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。
前記は、様々な願いと癒やしを受ける為の契約です。

主の栄光が今、この地に広がるように祈ります、また主の栄光が広がる為に、救われたクリスチャン1人一人が主のお役に立つロバのようになれたら幸い、嬉しい。
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『ヨハネの黙示録』第6章第8節に記される、第四の封印が解かれた時に現れる騎士。青白い馬(蒼ざめた馬)に乗った「死」で、側に黄泉(ハデス)を連れている。疫病や野獣をもちいて、地上の人間を死に至らしめる役目を担っているとされる。

コロナウイルスの病原菌はコウモリー野獣でしたね。 中国人は足があるもの食べないのは机だけと言われています。蛇、ワニ コアラまで?(あるニュースのコアラ記事だけとフェークかも、!?パンダも食べるとか?見つかると捕まるのに、、。)

 中国ではあらゆる動物を食べるようで、野獣動物から人間へ感染の危険は高いですね。 

ところで時々 開催されている再臨待望集会があります。それはそれとして、私個人的には、救われた!と喜びよりも、未だ救われていない人の為に祈りたい。それは
再臨待望するよう重点課題です。
再臨は救いのチャンスが無くなる時だから、1人でも良い、家族 親族 友人知人達が救われるよう祈ります。
使途 16:31 ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」と言った。
この言葉は信じ祈りましょう。
地上でも癒しや奇跡、死人が蘇るようにしなさいとイエス様ご自身が語りましたから、それらが頻繁に起きるよう諦めずに求め続けて祈ります。

マタイ10:8 病人をいやし、死人を生き返らせ、ツァラアトに冒された者をきよめ、悪霊を追い出しなさい。あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。
私が祈ってさえも様々な病人が癒やされた、私も癒やされた。だけど未だ死人の蘇りを見ていませんので、祈っております。主の栄光を見たい! 御国がこの地上でも同様に来るように祈り続けます。

再臨、終末と騒ぎ立てるより。日々 落ち着いた生活。神の交わり 祈りの中に過ごしたいと思います。
再臨の前に確実な事は、各自がその人生を終えます。その日の為に 主に喜ばれる生活、信仰を保ちたいです。

私たちの家族に救い癒しが有りますように。

なんどか話していますが、主がしてくださった事を忘れずに、繰り返して賛美します。

未信者だった私の母親、救いと癒やしを求めて続け四年目、認知症も癒されてキリストの救いを信じました。

私自身の祈りには、「母がその口から、主よ。あなたのお名前を告白して信じるようにしてください。」と4年間。祈り続けました。 

その後。母は自身の口から『キリストは救い主だよ』と告白しました。 キリストには愛と希望と信仰があり聖霊の助けは導きが有りますね、奇跡を期待します。

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だけど、私たちが祈り願う前に 過去に隣人から受けた怒り、憎しみ、腹立ちを許す告白も大切です。 これが中々、出来ない。難しいですが、聖霊の助けを求めて告白出来るようになりました。

私たち自身の罪の赦しをキリストに赦された確信と賛美が大切だと思います。

主の祈りにも 隣人の負い目、怒りをしずめ許すこと。また、自分自身の罪の赦しをを祈るようにキリストは教えています。
神には許さない罪は無く、赦された後、記憶し賛美に変えますように。
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しかし、赦されていない事が有るから注意が要ります。

それはキリストに有って隣人に対する怒りや許せないと思うこと。また、同様にキリストに在って自分自身への怒りや腹立ちなどなどを、鎮めることも大切ですね。

見よ。主の御手が短くて救えないのでは無い。その耳が遠くて、聞こえないのではない。あなた方と、あなた方の神との仕切りとなり、あなた方の罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。』イザヤ59:1〜2

あなたの家族が救われますよ言うに。 御子の栄光を第一に考え、自分たちの願いと祈りは第二だと思えます。
そして自分と神の間にあった、咎を除く。気がつけるように祈ります。
忍耐して神が振り向いて下さり、手を差し出して下さる時を待ち続けています。


信仰、祈りだけで病を治す!?

 私たちが生きている現代には、多くの良い医者がいます。けれど、イエス・キリストが生きておられた時代には、医療は発達しておらず、イエス様に18年も病だった長血の女性が癒やされましたが、彼女が掛かった医者は良い医者では無かった。長い間、医師に治ると言われ続けて18年間。治らないので、必死にイエスキリストの下に来て癒やされました。

それと同じようなことが現代でも起きます。

 医療事故、ミス、医師の知識不足、手術の技術不足、酷いのは患者をモルモットみたいに取り扱いし、その医師の手術の技術のテストにされて問題発覚したことさえニュースに流れてきます。
良い医師に巡り会うことも、情報の発達した現代では恵みの一つです。

私が母の癒やしをキリストに願い祈り続けて4年余り。医師が匙投げていたアルツハイマー病の記憶喪失からキリストがいやしました。弱っていた身体、歩くことが困難だったけれど、サッサと歩けるようになる。洗礼を受けて救われました。
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 記憶を失ったときは、母は未だキリストを信じていませんでしたから、私の願い、祈りは次の通りでした。 『主イエス様、母が救われるように、母の口から「イエス・キリストは、私の主です。」と告白出来るようにして下さい。』と祈った結果。父なる神が御心動かして、御子の栄光を表されたのだと思います。

私たちは癒やされるように祈りますが、それより大事なことがある気がします。
癒しが先に求める前に、神子キリストの栄光を第一にする。救い、天国に行ける救いを求める事が大切だと思う。神子キリスト栄光の現れの一部が癒しだと思います。


救われてキリストと共に天国に凱旋し行けるように祈る事では無いでしょうか?
私たちの魂、霊を引き連れて天国に行くことが、御子の第一の栄光では無いでしょうか?

必ず救われるという希望、願いから、主イエスは様々な奇跡さえも与えて下さいます。

信仰により確信を待つなら、全ての事にやる気がわく。心の平安が来る。
キリストからの人のつながり知恵と情報、聖書の言葉を貰います。

良き知識と経験値の高い医師にも巡り合う。良き医師に巡り合うならば医療から治す確率が上がる。

信仰だけで治すには100% 神を信じ切る必要です。だが、これは中々、難しくて難しい気がします。信仰的な不安が湧いて来やすいからね。だから助け合い不安=不信感を解消し助け合う二人、三人で祈りながら、聖霊の助けが必要ですね。 
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病に限らず、二人〜三人で祈る事を聖書は勧めていますね。

マタイ18:20 「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」 私はこの御言葉からいつも2〜3人で祈ります。主が来て下さり祈りを聞いて下さるからです。

しかし祈りの実がなるまで、父なる神の計画もあります。
アブラハムに、直系の子ども イサクを与えると、神ご自身から語り継げましたが、信仰的な試練と試練を受けながら、25年近く架かったことも中にはあります。私の母が救われるまで4年。その他、年月を要しても神は答えられました。

私の体験や聖書を見ても答え願いが叶うまでに時間もかかる場合と、直ぐの答えられる場合と様々です。
それでも御心通りになるように祈ります。あなたが祈りを受ける場合に必要な事は、キリストに対する幼子の純真さ期待と信頼です。

私たちが願ったら神は聞いておられるのですから。

マタイ 21:22 「あなたがたが信じて祈り求めるものなら、何でも与えられます。」
しかし、答えられるまで諦め無い忍耐が必要です。


幸いにその様な方に巡り合い、様々な癒し、耳、目、歩ける、心の病、内臓の癒しなど多数。神の栄光を見せて頂きました。主を賛美します。
私はあなたの願いをお聞きして一緒に祈ります。

キリストの救いは別に必要ない、救われなくても良いけれど、現状、辛いから癒やしを願ったとしても、言われたとしても、それは御子の栄光に、果たしてつながるだろか!?

第一に御子の栄光を求めた上での癒やしを祈りのであれば、イエス様はあなたの第一主治医になって下さいます。


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見えないものを信じる大切さ!
それが単純 純粋さも信じる為も、夢を神に語る事も必要ですね。

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私は実際に、アブラハムが見た地点から夜空を見上げました。日本で観るより凄い数の星々。それはアブラハムの古里、イラクにて!
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『そして、
彼を連れ出して仰せられた。
「さぁ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。」
さらに仰せられた。
「あなたの子孫はこのようになる。」彼は主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。創世記15:5〜6

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阪神淡路の震災から25年。

それぞれの悲しみ、苦しみを乗り越えて、新しく立ち上がってきた人がいます。
話は飛びますが、あの震災の3日前に、大阪の教会セミナーに参加、司会者の勧めから、日本の救いとリバイバルのために10人ぐらいのグループに分かれて祈り始めました。

祈り始めた私の瞼に、映画とかプロジェクターに移されたように、大きな街が地震で揺れた後、大勢の人が火災の中に未だ救われていない消えて行く幻を在り在りと見ました。
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それを機に、「何で私がそんな幻を見たのですか?」と神様に真剣に問いかけ始めました。
神学校卒業後、多くの牧師先生は、セルフサポート、働きながらの宣教活動をなさる方が多い気がします。私もその1人。長く調理師だったので、他の職業を選びがたく、けれど、職種にトライはしたけど不採用が続きました。今となっては言い訳ですが、調理師は拘束時間が長く、疲れから中々、トラクト配布には出かけられませんでした。
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東北、四国 鹿児島の島々。 沖縄本島と離島を回って巡回伝道。知人の教会を周りもしました。
神の愛と救い。癒やしがテーマでした。 目の見ない人、歩けなかった人。耳が聞こえなかった人が癒やされ。癌とか透析中だった人が良くなりました。死人の蘇りは見ておらず、「神様!私が生きている間に、御心曲げて見せて下さい」と祈っております。
日本では定期的に巡回伝道しながら生活は難しくてと思う現実に突き当たりました。
一旦 就職したら なお出来ませんでした。

女性が来ても 男性が来ても、私1人では継続的礼拝は、<楽器が無いと>好まれない傾向に気が付きました。男性の宣教活動の協力者を探し、また再婚も考えたり。。良い出会いがありませんでしたね。
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教会に人を集める事が難しく、ある方からパソコンを頂き、福音を伝え始め、国内外からのビックリする程のアクセス。コンタクトしてきた方々のケアを毎月、毎日してします。日本の小さな教会の平気的な会員人数位かなぁ?
宣教使命は変わらずとも 電動、宣教アクションの賜物は、個々に違うと感じるこの頃です。

アブラハムはイサクを持つ 生まれるまで 宇用曲折の25年でした。
私も神には霊的な子ども=教会の建物が欲しいと願って期待しています。
震災からの25年目。キーワードの25年目として・・。
建物以上に、本当の願いは多くの人が救われること、癒やされる事
死人の蘇り、神の栄光を見る日本になることです。死人の蘇りも、日本であることです。

私たちの願いが

叶うように懸命に祈ります。
すべての結果は神様にゆだねています。お任せしながら、祈った事が御心に叶うように何年も祈り続けます。

その結果がどのような結果であったとしても、神様は私たちに決して悪いことはしません。だから安心してあまり、くよくよ不安にならないように努めています。何故なら、私たちの心は日常的に不安定に様々心配を思うことが多い気がします。

アレはどうしょう?あの契約はうまくいくかなぁ? あの人は私を恨んでいないかなぁ、怒っていないかなぁ?
アッ チョット 腹が痛いなぁ、病気が重症にならないかなぁ?死ぬかなぁ? などなど様々な不安を考え込むこと多いですね。
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しかし不安=神への不信にもなりかねません。この根拠はヨブ記冒頭にあるように、ヨブは様々な悪いことが起きないかと心配をしました。

サタンはその心配につけ込みました。そしてその心配通りにことを。神様に進言を進めました。『神よ、ヨブがどれだけあなたを信頼できる神かと思ってるかを試しませんか?』ヨブ記1:9 サタンが登場します。

私はたちは神がいつも良いことをしてくる神だと思い、また祈れば叶うと信じます。私たちにとって悪いことを極端に起きないと期待感が高いですね。

確かにこの点の心のバランス、心配と委ねた後、神様にお任せした心中のバランスが大変 難しいです。

神様に一旦。委ねたら、極端な心配をしないように私はしています。私たちの神キリストは、どんな場合も最善を尽くしてくださると信じるからです。
長い時間 年月を過ごした結果。願った通りにならず気落ちするようなことも「委ねる中に」含まれる場合もあるような気がします。
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なぜだろう?
神様は、私たちの願うこと 考える以上の考えておられる場合があるからです。
例えばガリラヤ湖を渡船の中、イエス様がおられたのにかかわらず嵐が襲ってきました。
弟子たちは、その恐れおののきました。イエス様が一緒にいたのになぜ災いが襲ってきたんでしょう?

その突然の嵐の中で、私たちはイエス様の栄光と神様の権威を見ることができるようになったのです。

私たちは願い祈れば、直ぐに答えを期待しがちですが、神には神の思ってる事が有ります。
苦しみから、苦い経験から、突然の悲しみから、神を一層探し求めること願っておられる気がします。罪に対して曖昧だった事から敏感になるようだったりもします。

また、苦しみはすべて悪いわけじゃない! 神のいつくしみを知る機会です。「苦しみに会う前には、私はあやまちを犯しました。しかし今は、あなたのことばを守ります。あなたはいつくしみ深くあられ、いつくしみを施されます。どうか、あなたのおきてを私に教えてください。」詩編119:67-68

色々な出来事から、神との信頼度が深くなるように願っておられる気もします。
そして神子の栄光の現れが、救いが現れるように、全てを導き経過しておられる、私たちの神、キリストです。神の栄光を第一に、神の国の救いを第一に願い求めた上での。身体と心の癒やしもあります。

この優先順位を、第一にすることから(するので、)
神は私たちを見捨てないキリストです。
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一つの祈りでした。45歳迄{父が私を生んだ年齢}迄に、

再婚が出来るように神に願い祈りました。しかし叶わなかった。
再婚前提に付き合って 生活感、信仰価値観の違いを感じてしまい中止しました。
その後、その方は数年後。癌で若く亡くなりました。

私の妻も癌だった{30歳で亡くなりました。}から 再婚していたら二度、同じ悲しみを味わった事になります。

また、海外駐在員から帰国後 別な方とも再婚を目指す。これはという方には巡り会えずに良い出会いが無かった。しかし、再婚していたら、その方を別な面で苦しめ苦労かけたかも知れません。

それは海外から帰国後に、幼いときからの念願だったレストラン経営者になるが 母親の認知症や看病疲れから、折角、開業出来た小さなレストランを、私自身の病から止めることになりました。
開業したとき、新聞やテレビの取材を受ける店でした。長く海外生活をしていたら銀行は開業資金を貸さなくて、店子になっての開業。{貸しビルのオーナーからお金を借りました。}


資金不足を祈ったときに多少の不安がありました。神からの不安を押し切りました。
3〜4ヶ月私の病気と、母の認知症看病で店を休んでしまい、必然的に運転資金が不足。閉店に追い込まれました。借金支払いのために自宅を売りました。家財道具を全部 運び出した夜、ガラーンとした部屋で一晩泣き明かしました。
私が再婚していたら、その人に苦労掛ける出来事が暫く続いていましたね。

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振り返って 先のことは私達は分からないが神は知っているね。

妻が癌で亡くなり、神には何故。妻が先立ったのか?と祈っては聞いていました。
しかし神は明確には答えませんでした。
妻の亡き後。友人の紹介から、海外の仕事(調理師)に付いていました。
イラクの砂漠の中。プラント工事で日本人技師達の食事を作る仕事でした。

そんなある日。仕事が終わる夜。砂漠の中に火の柱を立つのを見て、その方向に引き寄せられました。そこで祈っていると、本来ならば人気の無い夜の砂漠の中に、私の方に近付いてくる気配を感じました。もしこれは、これはあの時と同じではないかな〜?と思いました。

それは中学生の頃。洗礼を受けた夜。教会内で電気を消して二人で祈っていたときにやはり同じ感覚になり、その後。祈ろうとしたら、訳の分からない言葉で、自分が祈り始めて始めて
止めてしまいました。

同じ事かと・・濃厚な臨在というのか!?と思うと異言が口から出て・・そして止めると気を失って数時間。

その間 色々の夢 色んな言葉?未来に起きそうなことの幻を見てきたような気がします。
夜露で気が気が付いて、部屋に戻って、聖書を広げると目に飛び込んだ言葉が、

イザヤ 
59:1 「見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。59:2 あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。」
でした。

その頃。ある方を憎んで赦せない怒りが一杯ありました。その事を反省して、赦せるように祈り始めました。



その後。コリントの遺跡に行ったときに、第一の再婚の為。第二の願いはレストラン経営者になりたいとも祈りました。また献身=神学校に行けたら良いとの第三の祈りは叶いました。
それから約15年後、レストランを持つ事が出来ましたが、前記のように母親の看病疲れからレストラン経営を止めて仕舞いました。

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それからの五十歳になってから、ある方の学費全面サポートで神学校に行き、今に至ります。

人の計画は自己中心性。神のなさる計画と叶える時のズレは合っても後々良くなります。
神のなさる時、叶って下さる時が、私達が計画した通りで無くても、神にとってベストな時に叶えられます。それまで諦めずに祈り待つ希望 忍耐 信頼 信仰が大切だと思いました。

聖書。「神は全ての時にに叶って美しい。」良いこと}なさる。て書いてある通りです。伝道者の書 3章11節

何でも私たちの思い通りで無くても。祈りは、神には届いております。
ただ神は私たちが思い巡らす時では無くて・・御子の栄光が崇められるときには答えて下さいます。


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45歳迄{父が私を生んだ年齢}迄に、

再婚出来るように神に願い祈りましたよ。しかし叶わなかった。再婚前提に付き合って 信仰価値観の違いを感じ中止。その後、その方は癌で若く亡くなりました。
妻も癌だった{30歳で亡くなりました。}から 再婚していたら二度、同じ悲しみを味わった事になります。
また、海外駐在員から帰国後 別な方とも再婚を目指す。良い出会いが無かった。そしてレストラン経営者になるが 母親の認知症や看病疲れ、。再婚していたら、その人に苦労掛ける出来事が暫く続いていましたね。

振り返って 先のことは私達は分からないが神は知っているね。
「神は全ての時にに叶って美しい{良いこと}なさる。」て書いてある通りです。
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先の祈りはオールドコリントの広場の演説台傍に座り祈りました。{36歳の頃。妻の死別の悲しみは有ったが前向きになれた頃。パウロが民衆に語った場所。}で祈りました。
第一の再婚の為は未だ叶っていないですね。

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第二の願いはレストラン経営者になりたいとも祈り、また献身=神学校に行けたら良いとの第三の祈りをしました。それから約15年後、レストランを母親の看病疲れから辞めてから新学校に。ある方の学費全面サポートで五十歳になってからでした。
人の計画は自己中心性。神のなさる計画と叶える時のズレは合っても後々良くなります。再婚は出来なかったが、第二と第三の祈り、祈った時から14年かかり叶いました。
神のなさる時、叶って下さる時が、私達が計画した通りで無くても、神にとってベストな時に叶えられます。それまで諦めずに祈り待つ希望 忍耐 信頼 信仰が大切だとふと思いました。

何故?妻が死んだのか!?何故?若く30歳で死んだか?神は答え無いが ポジティブに捉えてたら、海外駐在員はしなかったし、海外のレストランを見て歩き働く、イラク ウル アッシリア バビロンの遺跡。ギリシャ ローマの遺跡も見なかっただろうけど、、。
「神は全ての時にに叶って美しい。」良いこと}なさる。て書いてある通りです。伝道者の書 3章11節
一度。神に祈り御心に叶うように祈る時、神は何年も覚えて下さると思います。
ミカンの籠はスペイン産 リアドロ製 バルセロナで買いました。

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