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心の風景、愛の聖書、福音と癒やしと日常から。ミカエル小栗

ミカエル小栗がつづる心の風景。聖書の福音は愛と救いと癒やし。日常の出来事の心の雑記帳風景ブログです。聖書に基づくカウセリング、祝福と救いと心の癒やしを祈ります。あなたの教会のメッセージ奉仕もします。ご依頼はメールにて!

2013年11月

昨日、下見した、

近くのホームセンターで圧力鍋を買いました。

以前にも使っていましたが、持ち手のネジと、鍋本体が合わなくなりました。それでも、何度かは修理して使っていました。

大丸デパートでは、同じくらいの大きさの圧力鍋は、三万から五万円、海外の製品ですが、とこが違うのだろうかな?

ネットでは、ティファール(フランス)が1万五千位でした。高いから手が出せない。

たまたま、ホームセンターに用事買い物に出かけたら、私が長年使っていたメーカ新潟県の品が売られていました。六リットルのサイズ。私一人分では大きいサイズですが、大は小を兼ねるので,それを買いました。

以前に買った製品は 全てが国内製(新潟の会社) 今回は 同じ会社のブランドですが,中国製品に変わっていて、製品チェックは 日本で行っているような感じですね。
日本製品の こだわり、良さが 海外に流失していくのは喩え この鍋でも 惜しい気がしました。

肝心の値段も五千円位。

長い目で見たらガス代節約には成ります。

早速、鳥肉野菜のトマトソース煮を作りました。

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トマトソースに

私が初めて,彼に出合ったのは数年前です。

 私のインターネット上の記事を見てアクセスがありました。20歳代から総合失調症と診断されて薬を飲んでいると言っていました。その状況に甘んじる事無く、当然ながら強い回復したい意思を、私は感じ取りました。

 当時は、特定の人と出会うと、自分が荒れて仕舞っていたと・・それが原因で診断が出されたと、彼は言っていました。けれど、私と出会っているときには,普通の青年でしたよ。

 一旦。総合失調症と診断されてると,沢山の薬漬けになるのが,現在の日本の精神科における状況です。
彼の現状を認めながらも,その先にある神の癒やしと導きを見守ろうと思いました。

 彼の状況に応じて聖書の御言葉から励まし,希望の言葉を導き出し。回復の祈りを出会う度にして来ました。二人で祈りをしてきました。<帰宅後も毎日祈り続けていました。これは当然ですね。> 彼とは食事を一緒にしたり,気晴らしの小旅行にも連れ出しました。 数回は自宅に来て頂き、聖書から話をしたり 彼の家でも 家庭礼拝 祈りをしました。けれど,彼と同じ年齢に近い信仰のの友人、ダビデには彼を助けたヨナタンがいましたからです。それで幾つかの教会を紹介しました。

 ある教会の牧師は、彼が総合失調症をわかって、『あなたは、この教会には向いていない。』と言われたそうです。けれど、その公開のHPを観るとカウンセリングを受け付けているのですよ。驚きました・・。

 その後、彼自身も 本人会うような教会探しを始めていました。 探してきた教会ならば、癒やしも祈る教会だからと定着するように勧め祈りました。私の、その教団の幾つかの教会で,メッセージを語り癒やしを祈ったことがあるからです。

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 心の癒やしと聖霊の助けがあるように祈りづけていました。
単に癒やしだけを求める事は,観頃とは違うと思っています。キリストが自分の神であると信じて十字架の救いを受け入レる事が第一です。


 同時に神の栄光が現れる事。主の祈りでも第一に願い中に,父なる神の栄光を求めるように,キリストは教えてくださいました。 その栄光の恵みが沢山在る中の一つが癒やしです。


 もう一つが聖霊の満たしです。ヨハネ。14:26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。

 聖霊は、キリストが天に昇られて後に,私たちの側に来て、私たちを見守り助け主として臨在しておられます。
聖霊は、個別に働いて下さるのでは無く,切り離せない存在です。マタイ 18:20 「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」と語っておられますね。

 聖霊の満たしの恵みの一つが異言です。聖霊の助けがないと、誰もキリストは、主なる神とは告白できまません。この事は、第一コンタクトだと思います。次に求める者に耐えられる異言もあれば,求めていなくても突然、与えられる異言も在ります。

 私の母は痴呆症から回復 奇跡的に癒やされました。87歳でした。救いの意義と主の祈りの意味を教えました。老人ホームに出向いたときに、聖書の言葉を読み伝えていました。私が側に居なくても幾つかの重要な言葉を繰り返すように,プリントアウトして渡していました。老人ホームから近い教会に一緒に行き礼拝をしていました。母は歌うこと・讃美が好きでした。

 OHPを観ながら歌っていたときに、私を呼びました。『龍男!歌おうとすると変な言葉が自然と出てきて歌えない。』と言いました。?? 『良いよ、気にしないで、神様を讃美すれば・・?』と伝えながら良く聞いてみると、何とそれは異言の歌。霊歌でした。 又 母と祈ろうとしたときにも その異言でりましたから,私は驚きましたよ。 高齢で88歳でしたから到底、理解が出来ないからと異言の事等は、話していませんでした。

 これには私も驚きましたが、神様の恵みには感謝しました。

 今回。祈りをしていた青年には、面会し1年前くらいに,異言のこと簡単に説明して、聖霊の助け&満たし。異言を求めるように伝えていました。その後は,余り意識はしていませんでした。

 春の初め頃に,セカンドオピニオンで,病院を変えて診察と薬の量を減らせるように,医師に相談するように勧めました。このままでは,薬漬けで,回復しがたく社会復帰も出来ないと感じたからです。 精神科の薬さえ減らせば将来社会復帰して,幸せな結婚も可能になります。 

 神から感じた彼の将来の祝福を伝えました。(祝福の祈り・預言とも言えますが・・) そのことが、彼の動機になったかは聞いていませんが、その頃から、少しずつ飲み薬を減らし始めました。 時に薬の副作用からの解放が必要でした。強い薬なので,本人も飲みたくないようでした。 とは言え、医師の処方箋を全く無視は出来ません。

 少し、今まで長い間。薬を飲んで押さえてきた症状も出ましたが、彼自身の意思で闘い押さえていました。
苦しいときもあったでしょう。 そんな中で、以前にも増して,神の助けを真剣に祈り求めていました。

昨日。彼から、『祈っていたら 口から変な言葉が出てきて困りました』』と報告を受けました。 そ
れは異言だと直ぐに解りました。とても感謝でした。 聖霊の恵みの表れの異言ですから・・

これからも異言で祈れるなら,祈るようにメールしました。  聖霊が導き,総合失調からも解放される日が一歩
近づいてきたと信じます。

 

ペンテコステ

 昨日。リンゴを頂きました。

宅配でお礼の手紙と共にリンゴが送られてきました。

メールや電話でカウセリングをしている方が送り主で大変嬉しかったです。

かれこれ数年間の交流が在ります。
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私が気ままに書いているブログからのアクセスでした。離婚の瀬戸際での相談でした。

アドバイスで離婚しても,子供との関係を保つように勧めました。欧米では当たり前ですが、離婚した夫婦でも,子供とは自由に面会が出来ますし、養育にもお互いの責任が伴います。聖書でも、離婚そのものは、天の神様の本来の本心で無い。しかし許容されている場合もあります。子供に関しては別れても、信仰他に対しての責任があります。

相談を受けてから間もなく調停に入った結果 別れて、子供は母親に親権が行きました。それは面会できることが条件でした。

日本では父親に親権が行く事は少ないです。
日本の母親は時には,子供を個人所有の様に考えてしまう傾向が強くて・・自殺の道連れにして仕舞う、悲しい結果をもたらす母親が・・・子供だけが亡くなって母4親が生き残った事も起きています。 

相談して下さった方は,力を尽くして子供との面会が出来る様になさいましたが、時が流れるに従って会えなく・・合わせないように,離婚した相手側の意向が働いてきました。 せめて成長していく,我が子の写真だけででもと願いました。それがしばらく続いていました。 

私もその子供の写真を送って貰い、 その写真を見ながら祈りつつけて数年が過ぎていました。

母親から子供の写真も届かなくなり,裁判所の調停に申し込みをしたら、 逆にセクハラとか誘拐の恐れがあるから辞めたいと言われたそうです。人の気持ち変わりように現実としても驚きました。
父親の親権を全く無視した通達でしたね。 調停官がクリスチャンならどうなったかな?と思いました。

私自身も数年間。相談者とその子供の写真を祈って来たので。。何故か・・孫がどこかに強制的に隠されたような気持ちになってきて・・電話でそのことを相談されながらも悲しくなりました。 カウンセリングをする時には,感情移入はいけない事ですけれど・・ 祈っていた時間が長いからでしょうね。

逆に言えば・・ 神は相談者が聖書の言葉 第一に神の思いに従って,子供の親権を手放さないように頑張ってきたこと、神は知っていますし、完全にシャットアウトの結果が,相手から出たのだから、彼は再婚を考えないで,会えない子供のために祈り続けてきたのですから・・逆に考えたのならば、新しい道が開かれたと思います。

電話の相談に乗りながらアドバイスをして「新しく再婚を考えて前向きに生きます。」と言って下さったので、私としても,神が一つの答え,道を示されたのだと思いました。


彼は1度 遠方から新幹線を乗り継いで神戸まできて来て下さり 聖書の基本を学んで下さいました。神の祝福を、その人生にあるように祈りました。 彼の地元の教会を 幾つかの紹介 今はその一つの教会に通っています。自由に選べるように、教会への紹介状は書かないようにしています。 数回 紹介状を書いたことが有りますが、教会は一つの家族関係に似ています。希に合わなくて長続きしないのは困るから 紹介を書くことは控えました。

 さて時には,最初に私たちが思い描いていた人生と祈りが聞かれる時間等が、神の計画とは違うことが在ります。振り返って・・そうだったのか!! と分かることも多いですね。

神から,子供を与えるとの約束に アブラハムは喜んだでしょうね。 けれど イスマエルでは駄目で,イサクが生まれるまでには25年近く掛かりました。その間にも沢山の信仰の試練 夫婦の間にも危機と言えることもありました。乗り越えて神の本心を知りました。

それぞれの立場が在りますが 多数の相談者が神様の救いと癒やしがあるように・・その想いが最初と違ってとしても 父の心 神の御心を理解して、救われ 癒やされることを強く願っています。

 
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 小豆島に行きました。


神戸港からジャンボフェリーに乗り小豆島に行きました。(http://www.ferry.co.jp/

想像していたよりは安かったかも? メールでカウセリングをしてい方に会って祈るためでした。
神戸からは案外近いのですが、陸続きでは無い分、遠い気がしていました。

夕方にホテルに来ていただいて、レストランに行き食事をしながら話しをと思いましたが、行楽シーズンで予約で一杯なようで、仕方なく町中の食事処に行きました。かえって静かに話が出来ました。

 未だハッキリとはキリストに対しての信仰を持ってはいませんが、私のインターネットの記事に関心興味からメール交換、カウンセリングをしています。小豆島にも教会はありますが、キリストを信じたからと紹介をするに至っていません。微妙なところです。余り無理矢理,信仰を押しつけても長続きしないと駄目ですね。自発的な個人の意思が大切ですね。

小豆島の人口は3万人。想像していたより大きい島でした。中学生の頃の修学旅行に寄港しないで海上から眺めていていつか上陸したいな〜・・と思っていて 50年ぶりに夢が叶いました。


翌日は、案内されて 寒霞渓の紅葉を観ました。 このロープェウェーが出来て50年目だそうです。
JFKが暗殺されてからも50年目ですね。娘さんのキャロライン駐日大使が来ましたね。
日本との関係が,更に好くなれば良いですね。
           
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寒霞渓は見事に綺麗でした。 カウンセリングに出向いての恵みでしたね。

聖書には旅費のことで心配するなと言われています。 今回も満たされて余分に,寒霞渓も観られて感謝でした。時々、招かれて教会での集会の奉仕に行きます。片道の旅費でも何度か行きました。でも満たされて帰りの切符を買えました。

私が修学旅行の時依頼の願いもかなって・・嬉しいです。 カウセリングと祝福の祈りをした方が
救われキリストを信じるようにと願いつつ神戸に帰りました。 その方も,又私の所にも来ると言って下さいました。

遠方の方ですと直接、私の教会成長にはつながりません。けれど、キリストを信じてどこかの教会につながって,神様を讃美する人となって,紹介した教会で信仰の成長が出来たらと思います。救われる事自体が 牧会する教会として教会成長につながらなくても嬉しいです。今まで各地の教会に紹介した人が集まっていたならば 一つの小さな教会になっていたでしょうね。
              
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 夕方に,友人からのメールで

温泉に行かないかとの誘いがありました。

自宅から車で15分の幸せの村に行きました。何となくこのネーミングが好きですね。

神戸市住民ならば、大概は知っているところです。 利用したかは別としても・・

大きなグランド 乗馬場 病院 ホテル プールにジム 温泉があるのです。

この施設が神戸市在住であれば割引で利用できます。

温泉は、65歳以上は
400円でした。町場の銭湯と比べても安いですね。サウナも利用できますから・・

大きなドーム型の中に幾つもの浴槽 仕切りには大きな植物プラントが植えられ
ジャングル風呂と名付けられていました。

小一時間温泉に浸かり、サンベッドなどもあり休憩しながら湯に浸かりました。

風呂上がり 隣接のレストランで食事をしながら会話を楽しみ、明日の軽い打ち合わせをしました。

レストランの値段が安かったですね。午後6時を過ぎたら,駐車場の料金が要らないから
次回から此処をカウセリングと交わりに利用しようと思いました。

乾麺。自由に使える自宅以外に集まるところ。 教会と言える場所が欲しいと思いました。

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 クリスチャンは離婚する?

インターネットを通じて多種多様な相談を受けています。現代病と言えるウツ、精神総合失調、自殺願望、次に多いのが離婚です。

 先日、クリスチャンの女性が夫の関係で苦しんでいました。夫は教会内のある方に深い好意を抱いているようだからと・・夫もはクリスチャンでした。 その実際に、夫とは話し合っていませんその男性は教会の長老的責任者です。 責めても問題解決には至りません。 どうしてても耐えられないなら,暫くの別居を伝えました。モーゼも,ユダヤ人のわがままをこの点で認めていますが、神様の本意とは違いますけれど・・ この例は中断しています。祈っています。

 何年間の生活で夫の家族に対しても思いやり不足に耐えかねて離婚の結論出したクリスチャンの女性もいます。個別に話し合って引き留めてる事を試みました。彼の横暴さは治りませんでした。自分の子供にも,少し無責任でした。キリストの教えより,自分の考えを優先する男性(都合の良いときだけクリスチャンになる??)結婚当初はキリストを告白して信じていませんでした。

別件でも相談を受けていました。
この夫婦のために長い間。祈って来ました。

女性の方から気がつき、「先生有り難う。私の危機は乗り越えました。」とメールを下さいました。
相手を替えようと奮闘していた様な気がします。

歩み寄りと題して、私が返信した内容です。天滝の紅葉

こんにちは、ここ数日間、また、あなた方が気になり祈っていました。
お二人が何か神の為に良い判断が出来るように祈りで導かれていました。


クリスチャンと言えども、信仰、考え方、生活スタイルが元々違う二人が暮らすのですから、互いを認め合うことや、歩み寄りをしなければなりませんね。

聖書基本に依れば、家の主人が、まずその家を納めて信仰、収入源確立しなければなりません。妻は、それらを支える様に教えています。現代は、夫婦のあり方にいろんな考え方が入り込んでいますが、やはり妻からの歩み寄り、夫の歩み寄りは、家庭がうまくいく秘訣の一つですね。

歩み寄り、違いを認め合う、キリストの十字架の下に一つになる。夫(妻)の目に付く嫌なことを、主の流された血により、見過ごしてあげる事も良いです。つまり、旧約の過ぎ越しの祭りから知る事は羊の血(十字架のキリストの血)を見て見過ごしてあげるのです。

相手を責めるより、神にとりなしていのり、外堀を埋めて、道を作ってあげるのです。あれこれと自分の願い方針を神に言うよりも、神に指示 一方的願望を言わなくても,神は何が最善かを知って居られるから,御心通りになるような道が出来るように,お願いする決心が 一つのとりなしですね。

自分以外の人々の為のとりなしは、目に付くことを責める、問題視すりより、黙って、神に、その問題の外堀を埋めて、新しい道を示して下さる様に祈る事がとりなしの祈りの秘訣です。

相手の為に祈れば、神は見返ります。その一番が愛です。

夫婦の愛はとりなし、築く愛です。最初から、100パーセントを求めるのは贅沢。あなたが最初に結婚を決意した時に戻れば良いですね。あなた同様、彼も悩んでいます。

彼は内に、内向的こもるタイプで何でも口にしないから誤解(一般的に男性は細かなことを口にしない・?) しやすいけどもね。口にしない分、態度に出るから、あなたがイライラするけどもね。
シッカリ貴方を愛しているのは確かだよ。細かなあなたの事を見逃していることも理解して下さいね。


ホセアは、神の命令で娼婦と結婚。気ままな妻を許す毎日の中から、絶大な神の許し救い、導き方法を知りました。

毎日の細かな出来事、すれ違いより、神からクリスチャンに与えられた使命、クリスチャンホームを通しての、神の素晴らしさを伝える家庭使命を目指してね。

赤ちゃんも与えられたらいいなと祈っていますよ。これに関しては、女性からの歩み寄りは必要。男に自信を持たせる様に仕向けないとな〜。子供か産まれたあとの生活不安等々。私が居るから大丈夫、乗り切るからと暗黙の信頼関係を持たせる様に仕向けないとな〜。(女の知恵が必要)

子供は願わないと与えられない、願っても与えられない場合もあるけども、私は後者でしたから、、


過去より、未来に向けて出発してね、お幸せに・・祝福を祈ります。

 色々の人生経験を体験した人々や

職業、考え方の違う人々が一堂に会して,神、キリストに讃美と祈りを献げて、
それぞれの教会の長老 牧師 司祭 神父と言う立場の方々から、聖書からの教えを受けて、神の気持ちを知り,更に神に近づく所です。

教会の長い歴史の中で悲しい結果を生み出し分裂もして争ってきました。
私自身も同じ経験をしました。 神に求めた事(癒やしが有る無い)が違うことで,悲しい思いで,その教会を静かに身をひきました。


仕事で,30〜40歳代にかけてイラクやアルジェリアのプラント工事に参加して,教会がないところでの生活も長かったです。

その時は、一人で礼拝して,聖書を調べていました。日本から、これは良いな〜と思う神学書も買って持って行っていました。結果。それらの神学書、信仰書を買うときには色々の教派の先生方の書いた書物なってしまいました。

帰国後に、母の癒やしから違いを感じたことも事実です。保守的なバブテストの教えを土台に、聖霊はと言うペンテコステ カリスマの集会にも導かれました。

1960年代、中学生の頃。調理師になること目指したので、高校には行きませんでした。 昔の言葉ですが,当時の中学卒業生の就職は金の卵と言われてもてはやされていた時代です。 高度成長期に入りたての頃です。

 若い時に、神学校入学したくても、宣教師から、高校卒業していないから、あなたが神学校には入れません。駄目ですと言われていました。 結局。50歳になって,色々の神学校に学歴の件で問いあわせても,良い返事!!

 私は 色々の集会で,カトリックの神父様にも数名出会い,その教会に出向いて祝福の祈りを受けました。
カトリックとプロテスタント。マリアやパウロ、ペテロの聖人、神格化の違いがありますが・・現在、生きている人にとりなしの祈りを依頼するかしないか・各自の判断と信仰です。争って私たちが結果を出さなくても,神様の判断が最後の時に在りますから・・。

 プロテスタントの中でも、それそれの教派の良さが在ります。お互いの違いを認め合っても,違いを強調して争うことは、神が悲しむと思います。クリスチャン同士が細かいことの違いでもめるのは変だと思っています。神様は悲しむと思います。愛と一致するように心がけています。

 病気の癒やしは絶対にない。それは使途行伝の時代だ! と言っていた牧師の息子が重い心臓病に・・そうなれば。人はやはり自然と神に祈ります。その息子は癒やされました。医療と信仰の力です。大きな、小さな違いは,神は直接。各個人に教えられると思います。その方(牧師)は神の癒やしがあったと方向を変えました。私たちが直接違いを指さすことは無いと思います。

 指さすと言えば・・ インターネット上で。2チャネルなどでは,教会や牧師を、指さして色々書き込むことは悲しいことだと思います。 人の目、額に付いているゴミのことで呟いているのと同じです。
自分自身のゴミ&チリを綺麗にしてからでないと書き込みはいけないのでは?と思います。
インターネット上では未信者さんも観ます、その未信者さんがキリストご自身に結果的に失望したら,書き込みした方々が,神の前では、どの様な責任を果たすのでしょうか?

 聖書に書いてある額面通りを信じています。教理教派の違い。解釈の違いが多生あったとしても、その点を争わすに神様にお任せ、私たちは主キリストに在って一つです。

 ペンテコステ系の牧師さんの悪霊の取り扱いの間違い 行き過ぎから傷付いてしまう方もいます。異言は絶対と言われて傷付く方もいます。神が時を与える。と思います。急ぎすぎた結果をもとめるのは・・? 神が子供を与えると言ったのに、何年かかってアブラハムは子供イサクを得たのでしょうか?

清め派と言われる教会では,清めを強調しすぎて・・傷付いています方もいます。
罪を犯したからと毎日のように罪の赦しを祈る方もいます。ナーマン将軍は,自分の描いた筋書き通りの清めはなかったのです。


人はうっかりとか。意識的にも罪を犯しやすい性質は,死ぬまでは治りませんからね。開き直るのでは無く,悪から遠ざかり,罪を犯さないように,自分を見張る必要は無くなりません。でも、過って犯したならば、素直に神に告白し,神の力、十字架で許されていることを確認して讃美する方が良いです。
 
 安心して十字架の下にある救いの憩いを得てください。繰り返して、『許してください。許してください。』と言う祈る必要は無い。それ以上の神との信頼関係を・・つまり親子の関係の下にある絶対的な信頼を築いてください。

幼子は親に逆らっても,親が自分を赦す事を信じ切って,ケロとしています。それは親子の愛と信頼だと・・神様も同じ、嫌それ以上に 十字架で死の代価を支払い、買い取った親子関係なのですから。許しを毎日請うのでは無く、こんな事(罪)をしてしまったけれど,告白した後、過去現在 未来と許されていることを讃美したいです。

 各自家庭でも,意見の違い考え方が違いますけれど、家族として纏まるときのように,クリスチャン同士も違いより愛し合う。認め合う方が余計に大事だと思います。

 私の教会は家の教会です。

 私は50歳で神学校に入学をしました。それまでは、調理師をしていました。47歳の時に母が痴呆症に成り記憶を失いました。当時の教会(保守的なカナダのバブテスト教会の流れ)の牧師に依頼して,母の癒やしを願いしました。病院には行って、「お母さんは,もう死んでいるよ。』と一言。失望しましたね。

 確かに植物人間化していました。私の親族兄弟からも,「もう諦めて、仕事に専念しなさい。」と忠告を受けていました。 それでも母が未だ救いを・・キリストを救い主と告白していませんでした。

 看病すれど回復は見込めませんでした。ただ私の肉体的、精神的疲労がきわまりました。開業していたレストランも疲労から閉鎖に追い込まれました。

 失意の中で、神に救いを求め、母の救いを求めました。母が救いを告白するためには,その思考や記憶が回復しないといけないので,この点を神に強く,神様に訴えて,母が癒やされるように祈り断食もしました。

 牧師は、癒やしは使途行伝時代までだと言っていましたけれど・・ しかし聖書の言葉は永遠だと思いました。それは私には自然な成り行きでした。何故なら神学的なことは一切分からず、聖書の言葉を額面通り信じようとしました。 癒やしに関する本を片っ端から読みあさりました。
1995年前後に,カリスマペンテコステの癒やしを言う集会にも参加しました。

 助言を下さる牧師先生もいて感謝でした。
ある日、私は意を決して,母の癒やしのことで面と神様に向かいました。聞かれなくて神に失望する事が怖かったので,中々祈れなかったのです。
母は3年あまりの眠りから覚めて,記憶がもどり癒やされました。医師も驚きましたね。
その頃に出会ったヘンリーグリーパー師からも祈りは聞かれます。と励ましを受けて,神学校に行く事が出来ました。その影には3年間の学費の献金を献げて下さった一人のクリスチャンがいます。

神学校卒業後、単立教会として働きながらの伝道を・・その頃家の教会と始めようと言う教えもありました。
 
 ネットを初めて聖書カウセリングと癒やしを祈りまじめました。癌や目、歩けるようになる色々の癒やしを経験しました。悪霊に関わったことも在ります。多くの人たちとインターネットで知り合って救いに導いて,各地の教会を紹介しています。
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ただ、地元というか。自分の教会成長を特に強く願っていませんでした。妻を亡くして独り暮らし。
一人での宣教活動。やもめ暮らしの生活感がある家の教会では,人を招き入れ難いからでした。
救いに導いても、多くの人を他の教会を紹介していました。

 ところが前記のブログにも書きましたが、宇治福音教会から京都シオンの丘キリスト教会に改名した後藤牧師は,元 天理教会の建物を2億円で購入して,キリスト教会に改装なさいました。

 それを間近に観て、気持ちが揺れました。 母の癒やしを思い出しました。
どこかに常識とかあきらめがあり,悔い改めて祈り始めたばかりです。
生活に追われ教会の場所を借りる余裕が現実的には無いのですが、後藤牧師の2億円のチャレンジに刺激を受けました。

『神様。教会と言える場所が欲しいです。家の教会では無い場所です。』と祈り始めました。

この記事を読んでくださって,あなたの心が動きましたら,ご支援の祈りから始めて下さいませんか?
主に在りてお願いいたします。




鳥取砂丘を歩きながら・・


自分の歩いた足跡がたくさん残ります。人生の足跡も、歩いてきた分。心の中には沢山の足跡が残っています。楽しい思い出、悲しい足跡、辛く涙した時の足跡が心にはいっぱい残っていますね。

砂丘を歩き、自分の人生を振り返り、神様に祈りました。
フットプリント

結婚して、癌で妻を亡くしたこと。悲しみを忘れる、紛らわす海外生活。事業を始め、母の地方の介護、 母の奇跡的な神の癒しがあり、神学校に・・そのときすでに50歳。少し遅い神様への献身でした。信仰を保つ、キリストの付近を伝える仕事には先住できず、働きながらです。
 教会があり、その教会に属する信徒さんが居れば、日曜日には出歩かないです。

ネゥトを通じて、たくさんの人からのカウンセリングを受けて、キリストの癒しと救いを伝えています。
癒しのために祈りに出かけたり、遠方には祈りのハンカチを送り、キリストの救いを信じた人々に教会を紹介しています。

最近の関西ハレルヤ牧師化に参加して、自分の教会形成を祈り始めました。 家の教会場所じゃないとをいう教えに同意していた事から方向転換しました。 そんな祈りをしながら歩いていました。

また今日の朝に、罪を犯したから祈ってくださいとの相談メールがありました。
キリストには許せない罪は一つもありません。 キリストの身代わりになって罪の代価を支払っています。それを信じるだけなのです。何度も許してくださいを祈るのではなくて、許されていることを感謝賛美するように伝えました。 人は何かあると不安になりますが、幼子のように素直に信じていればよいのです。 幼子は叱られても、また悪いことをしてしまいます。それもケロッと忘れてまた同じような悪いことをしてしまいます。しかし、親はすべてを許して、根気よく何が良いことで、何が悪かを教えるので、幼子は成長していきます。
聖書がその教訓訓戒を教えてくれます。聖書をよく読み覚えて罪から離れるようにしないといけないです。しかし人は弱いから、同じ過ち、罪を作りかえしますが、素直に許してくださいと告白して、十字架の救いを信じればよいのです。不安になることはないのは、キリストの十字架の身代わり、贖い、救いは完全なのです。
鳥取砂丘の夕日


罪とは神の思いから外れることが第一の罪です。女遊び、盗み、人殺し、嘘も神の前では同じです。神は全てを許すことができます。繰り返して 許してくださいと言うよりは、過去 現在 未来と神の前では、私たちの罪は許されています。信じて賛美の言葉を告白すべきだと思います。

ただ人に対しては贖いの責任代価を支払わないといけないです。

私個人が神の前に犯した罪も大きいですが、許されていることを感謝賛美し、将来の歩みが祝福されて悪から守られるように・・砂丘の上を歩きながら祈り考えました。

砂丘の二人

フットプリント 心の歌。

ある夜、わたしは夢を見た。 わたしは、主キリストとともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。

ひとつは私のあしあと、もう一つは主キリストの足跡であった。これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。

そこには一つの足跡しかなかった。私の人生で一番辛く悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、わたしはその悩みについて主に聞いてみた。

「主よ。私があなたに従うと決心したとき、 あなたは、すべての道において、私とともに歩み、
私と語り合ってくださると約束されました。それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
独りの足跡しかなかったのです。
 
一番あなたを必要としたときに、あなたが、なぜ、私を捨てられたのか、私にはわかりません。」

主は、ささやかれた。

「わたしの大切な我がj子よ。わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。あしあとがひとつだったとき、
 わたしはあなたを背負って歩いていたからだよ。」 と・・

但馬の竹田城に行きました。

兵庫県の朝来市和田山インターから近い、この山城の跡は、日本のマチュピチュに例えられて近年、クローズアップされて大変人気ですね。
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鳥取砂丘を見物後、和田山に着いて夕食が終わったのが午後10頃。

自宅に帰らず,車の中で寝ることにしました。安全運転のためでも有り、遅く成った場合のために,羽根ふとんも用意して出かけていました。それと和田山 竹田城の朝の雲海も観たかったのです。
毎回 出かけても 自然が相手。雲海の割合と被写体の竹田城のバランスが 思い通りになりませんね。

そのお思い通りにならないからプロアマ問わずに この竹田城をテーマにする人が多いです。僧衣TV番組やニュースで全国的というか 世界的になってきている気がします。

観光客がずいぶん増えました。中国語 韓国語 英語 が飛び交うようにもなってきています。落書きをするところ,建物がないですが、白の石組みが大勢の観光客のために踏み慣らされ変形してきてることが心配。
自然のありのままの保存スタイルを貫いてきたのですが、あまりの観光客には手するなども要求してきている人も増えてきたようです。今朝のニュースでは足場が悪くてけが人も出たようです。彼は善意で子供に道を譲ったようですが、山登りを同じ靴、スタイルで登る必要なある処です。 富士山をハイヒールで登る人もいる観光客、普通のルール守って欲しいところです。

望遠レンズで覗いても,多くの人には驚きます。数年前々では,人がけなど気にしないで自由に撮影が出来たのですが・・ 

下記は人気の無い数年前の画像です。
1竹田雲海




何度見ても飽きない風景を 立雲峡に車を止めて朝を待ちました。
日の出が6時半  私が6時頃に,山を登り始めましたが、三脚をを立てる隙間がないほどの盛況 大勢の人々がきていました。

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雲海が消える頃に、下から登ってきたグループに『写真を・・シャッター撮っていただけ無いでしょうか?』と丁重に頼まれて 承諾。 「今頃 きても 遅いよ」と声かけましたら 「私たちは城跡に 先に登りました。」といわれました。
これから何処に行く予定か?を聞いたら予定がないとの返事で 滝を見物に行くのだけどと声かけて
大家の滝 天滝を観に行きました。 天滝は紅葉の真っ盛りでした。スマホで一人撮影してみました天滝入り口付近です。

一人ドライブよりは楽しく会話をしながら 時を過ごして 秋,紅葉 落ち葉に染まる天滝を堪能しました。
午後は雨の天気予報で 返り道に立ちよろうとしていた 砥峰高原をパスして神戸に帰りました。



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