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心の風景、愛の聖書、福音と癒やしと日常から。ミカエル小栗

ミカエル小栗がつづる心の風景。聖書の福音は愛と救いと癒やし。日常の出来事の心の雑記帳風景ブログです。聖書に基づくカウセリング、祝福と救いと心の癒やしを祈ります。あなたの教会のメッセージ奉仕もします。ご依頼はメールにて!

2012年03月

   クリスチャンは神の家族です。

家族とは?同じ親の血により、遺伝子を受け継いだ者達を家族と言います。
クリスチャンは、キリストの血により家族となりました。

 Twitter、FACEBOOKで白血病の躁病していたキリストに在る姉妹のために、癒しの回復を 特に危篤状態に陥ってからは、私の呼びかけには、癒しの助けの祈りを受けました。本当に感謝します。6名のドナー登録者も与えられた。皆様の愛に心からの感謝を申し上げます。

 最初は主に在る姉妹と闘病する姉妹のことをブログで紹介していました。 その彼女が、幼い頃に父親を別れていたので、私が親身に成りメールなどで、信仰のこと、癒しや聖書の理解、祈り方、闘病する為のアドバイスをしている間に、、彼女は、私を父親のように感じて、ある日。面会中に、医師に対して『私の父です。』と紹介。驚いた医師を見て、あわてて、『父のような方、牧師先生です。』と紹介された。

 やはりそう言われると嬉しいです。私には家族はいませんし、より一層身近になり、肉親的な感情も備わりました。多数のメールのやりとりには、彼女の甘えや泣き事も素直にぶつけてきていました。わたしもそれらのメールに応じて、父親としても叱咤激励、牧師として祈りをしながら、キリストの福音、聖書の理解方法などの指針を伝えてきました。

 Twitter、FACEBOOKでは危篤の時に、キリストにある姉妹から、キリストの娘に代わり、次第に、「単に娘が危篤です。」と気持ちが付いてきて呼びかけました。また『貴方の娘さんの癒やし、回復を祈ります。』沢山のメールをもらいました。実の娘と勘違いもされたと思います。

 娘は闘病には負けましたが、信仰には勝利しました。今は天にてキリストの胸に、その懐に抱かれていると思います。娘、富士子のために祈ってくださったことを、厚く御礼申し上げます。

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 今も彼女の笑顔が焼き付いて会いたいです。これが父親の心かな?私の妻は癌で亡くなり、子供がいませんので、本当の親の気持ちは分かりませんが・・ 亡くなった富士子が与えてくれた事が大きいです。

 
 

 中学生の頃に、初めて教会に行きました。

 教会では、誰々兄弟とか、誰々姉妹とか呼び合っていたことに不思議に思いました。前記にも書いたピッカリン宣教師が責任を持つ30名から50名の小さな教会でした。

帰校する途中に毎日立ち寄り、宿題を教えてもらい、賛美歌の練習をしたり、ワイワイと教会の案内、トラクトを配りに出かけたり教会がリビングでした。


 年配のクリスチャンもよく仕事帰りに立ち寄ってから自宅に帰る教会でした。ですから聖書のことの質疑応答をうけました。宣教師夫人が作るケーキ、当時は魅力的な珍しいおやつでした。食事も頂きました。

 余りに帰宅が遅いので、親からは『、その教会に住んでしまえ!』と叱られるほどでした。何々のお兄ちゃん、お姉ちゃんと心の底から呼べ程、肉親に近い感覚にも成りました。 今思えば、ピッカリン宣教師の考え方の影響を受けています。 宣教師は優しくもあり厳しくもあり、ふざけ過ぎたら叱るときには真剣でした=怖かった!わらい!そのしかり方、私達の扱い方は、実の子供達と変わりなかったです。一人、一人の人格を認めてくれました。

 それは、協会内で、誰々さんの代わりの兄弟姉妹と呼び合う事とは、ひと味違った者でした。
富士子のために祈れば祈るほど、そのときの協会内の感覚も蘇りました。


 ユダヤ人の一人の婦人に対して、攻めているパリサイ人には、アブラハムの娘、アダムの子とも呼ぶ聖書箇所もあります。 私達は、ユダヤ人では無いですが、キリストの流された血によって、一つの成りつながっているのです。 亡くなった富士子のために、多くの人、クリスチャンが祈ってくださり、心を合わせてくださった事も、主キリストに在る家族の大きな恵みです。

 神に在りて本当に感謝します。

 人間関係が希薄になった今時、兄弟、姉妹と心から呼び合える教会が良いな〜!!思うように再度記憶を帯起こしています。 いつも特定の人のために・・ ネットでカウセリングしている方々を祈りつつけていると、特に若い人には、本気で向き合い、時には叱りますね。

 牧師としては、余り感情移入はいけないとも思いつつも・・ 親子兄弟の健全な関係の感情ですね。時々協会内で傷付いてと嘆く方もままいます。 本当の肉親の兄弟であれば、次第に何で喧嘩をしたか忘れて当たり前に、普通に生活をしていけると思います。 そんな教会を形成したいですね。






 娘が亡くなり

水曜日21日のアルバイト中に、電話がありました。

『急に、血圧が下がり始めて危ないのです。』 白血病になった主の娘に紹介し、信仰の友、心の支えをして下さったクリスチャンの方からでした。

仕事の手を休める中、祈りながら神に訴えました。クリスマスローズ
祈りながら涙が溢れてきました。しばらくして、息を引き取ったことを連絡を受けて、数河に上京するとこと会社に伝えて、夜行バスに飛び乗りました。

 翌朝に霊安室につきました。遺体を引き取り場所が無く、病院の霊安室に留め置かれていました。葬儀場も私は着いた頃要約決まったようですが、葬儀場が順番待ち状態でした。 それが決まるまで東京駅で待機をしながら、復活を祈っていました。

 亡くなった翌日と言うことで、出入りも沢山。病院の医師、看護師さん達が、沢山お別れを言いに来ていました。

 私がポッツリとして一人でいると、父親と間違った看護師さんもいました。そして、『本当は辛い治療もあったでしょうが、ある日から急に変わって、明るくて、前向きに成られました。その姿を見てまた言葉を聞いて、返って私達が励まされましたよ。』と語っていました。 ある日からとは、洗礼を受けた前後くらいの日でした。

 私は復活、神が心を変えて息を吹き返すかも知れないと祈りましたが、次々、人が来て、一対一にはなれませんでした。

 エリヤやエリシャの記事から、復活を信じない、疑う人を避けて、予言者は一人。遺体と向き合っていたと書いてあります。またマリヤはラザロが無くなったときに、キリストに泣きつき、主の涙を流されました。

 私自身がキリストが涙を流して下さる程の近い関係なのか?とも思いました。キリストの十字架によって、マリヤと同じく近い関係であるとも聖霊が教えて下さいました。

 一人きりで静まる祈り時間が余りありませんでした。遺体と面会祈りのために3日間。慰安室に通いました。
祈り始めると雑念が色々入ってきました。静まって、雑念を取り除いて祈りつつけるのは難しかった。
遺体との面会時間は1時間でした。けれど粘って伸ばしてもらいました。
『目を覚ませ、タリタ クミ!』  復活を祈りました。

 冷たくなった遺体、腐敗を防ぐために、冷蔵庫に保管されています。冷蔵庫の外に出ているときに目を覚ますように祈りました。

 葬儀は、キリスト式では無かったので・・嫁ぎ先のたっての希望もあり、天国に迎えられたのだから、葬儀は残った者の心のけじめにあるような式です。 と思っても。キリスト式で葬儀をするなら、私が行いたかったし、それまで側に居たかったのです。

 『十分して下さったのですから、先生は帰って頂いたも良いです。』と、亡くなったキリストの娘の実の母からも言われました。

 『あれだけ苦しんだのに、安らかにほほえんで亡くなったのだから、先生無理に起こさないで下さい。』とも言われましたが・・出会うときにはいつも帽子を被り、マスクの顔でしたが、とても綺麗ほほえみを讃えた寝顔に涙が溢れて仕方願買ったです。

復活を祈りました。聖書のことをもっと詳しく教えて、クリスチャンをしての証しをしてもらいたいな〜と思ってもいました。3歳になる一人息子の元に返したかった!

 神戸に帰っても、目を覚ますように祈り続けました。今日28日の午後に本葬が終わり遺体が焼かれました。

 遺体が焼かれないで葬られる国では、遺体が息を返すことがあります。遺体が腐敗始めても、その側に居てズ〜〜と祈ることが出来たらな〜と思います。アフリカ、インドネシアでは、亡くなったクリスチャンの数人が復活をしています。

 昨日からメールや電話に一喜一憂していました。息を返した、復活したとの連絡を待っていました。
祈るならば祈るだけの雑念との戦いでもありましたが・・

 祈り待ちましたが、無念ですが、娘はその息を返しませんでしたので、その霊と魂を、神に返すことの祈りを、今日の午後にしました。

 ダビデも、その息子が死んだときに、喪に伏して、断食と灰を被り、復活を祈りました。けれど、息子は蘇らず、家来はその態度の一変に驚いたと聖書が記録しています。

 闘病し信仰の戦いに勝利して天国の神の御胸に抱かれてのだから、栄光を神に返し、その霊と魂を神に返す決心をしました。哀しいけれど・・未だ若い33歳でした。3歳になる息子がいる。機会を見て、結婚相手の家族にも福音を伝える事が出来たらと思います。

 沢山の祈りの助けを感謝申し上げます。


 
ラザロの復活


    北イタリアにあるスクロヴェーニ礼拝堂のラザロの復活の絵画

 白血病と闘って!

 私がその子と知り合ったのは、かれこれ3年前でした。私が鹿児島、徳之島に宣教旅行したときに知り合ったクリスチャンの姪御さんでした。

 急性白血病になったので祈って欲しいとのことでしたので、上京してお目に掛かりました。
当時は、キリストのことは知りませんでした。そこでキリストの十字架の救いと力を説明。前向きに考えて見ると言われたので、キリストの救いと癒しを説明しました。

 それからメールとのやりとりを始めました。聖書のとらえ方や癒やし、救いのことを伝えました。
2度目にあったときにはキリストの神として信じると言われました。

また、同時に住まいからそれほど遠くないところにすんでいた、クリスチャンの女性を紹介しました。同じくらいの年齢だったこと、信仰の友、ダビデとヨナタンのような関係になれたらと思いました。その方は、私が期待した以上に、娘の友、心の支え、信仰の支えとなっていただきました。感謝にたえないです。

 ドナが見つからずに不安になったり、イライラしていましたが、そのたびにメールで聖書の言葉や励ましの言葉を贈りました。3度目にあったときには、医師に対しての紹介が、私のことを『父です。』と紹介されました。
めくらっている医師に『私の父のような牧師先生です。』と慌てて訂正をしましたが、とても嬉しく感じましたよ。
訳あって若いときに、実の父親を亡くしていたので、私をそのように呼んだと思います。弱気なときにはメールや電話で叱ったりもしましたから・・・

 感情移入は、牧師としては余りしないのもですが、その日を境に、より身近に、実の娘のようにとして祈り始めたことは事実です。

その頃時には既にキリストを信じていましたが、彼女の自宅近くの教会を紹介。その牧師からの祈りや洗礼を望みました。健康になることだけを考えて、将来的に信仰成長のためには、自宅近くの教会からの心と体のケアーが大切と思いました。東北の地震後、その教会はボランテアで忙しくなったようです。けれど伝道師先生が忙しい中、病院に来て下さいました。

 祈り続けて、Twitterなどから6名がドナー登録者が現れてとても感謝です。

骨髄移植は2度しました。2度目は今年になってからです。『移植が定着したよ。もっと祈ります。』 これが娘からの最後のメールとなりました。

他にもメールはしていましたが体長を思い、返事は要らないと、聖書のことや、その時々の祈り方、また詩篇23編から
「喩え死の影を歩みとも災いを恐れない。」 ように、辛いけれど乗り越えたら、安息の完治があるからねと励ましていました。

 私自身も、キリストの癒しを、必ず娘が癒やされることだけを考えていました。母の痴呆症から記憶が戻り、私の癌も癒やされたから・・白内障の方、歩けなかった人が歩けるようになったり・・神の癒しを沢山見てきたからです。
クリスマスローズ

 2度目の移植は、少しだけの定着でした。少し元気になったので、もっと神に近づくように、洗礼を勧めましたら、受けたいとのメールが来たので上京。病床洗礼を予定したら、神様の取り計らいでしょうね。急に当日は一時退院が許されたので、彼女の自宅で洗礼を授けることができました。病床洗礼

とても喜びに溢れ血色も良く、治る、癒やされると思いました。その洗礼を受けた日から、癒しが第一では無くそれは結果であると話し方を替えました。キリストの十字架通しての救い、永遠の命、天国に帰る、神の使命をこの世で達成するために、健康と癒しの恵みがあると話しました。そのこと喜び理解して、『先生お父さん祈り方を替えます。』とメールももらいました。このまま回復すると思いました。来月に会いましょうと約束をしていましたが・・・

 急に感染症に掛かりました。感染症と闘う白血球が足りませんでした。 危篤状態?現場にいなかったので、その症状がつかめませんでした。数日後には熱が下がりました。 <その頃。沢山、Twitterから、助けの祈りを頂き感謝です。有り難うございました。>

 ホッ〜と安心していました。このまま癒やされると思いました。親族からの報告も良いでしたが、数日間でした。
急に様態が激変しました。

 21日 午後3時前に永眠しました。 祈りが。。届かなくて・・・答えは見つかってはいませんけれど・・ しばらくブログやTwitterを更新する気持ちが起きませんでした。
 
癒やされることだけを考えて、まさかの結果に唖然としています。天国で神からの回答があるともいます。

痛みに耐えて、闘病していた娘が一番。天国で安らいでいることが慰めです。



 私達の日本には・・

 海外から多くの宣教師達がやってきました。
家族と別れ、多くの祈りと支援。資金もつぎ込まれて、日本人が救われるためにと強い信念を持ってやってきました。

 仏教も海外からやってきました。景況と言われる中国を通じて原始キリスト教も日本に伝わってきました。
仏教の法が、当時の天皇家や武士達の政策に最適でしたので保護されて、景況か阻害されました。
夫婦は一婦で複数の妻を持つ事を許していなかったので、ザビエル宣教師に指摘されて、豊臣から嫌煙されました。
                                     ザビエル

 ザビエル宣教団は外国からの生活習慣、文化も、武器も、第一であったキリスト教ももたらせました。
自由と封建主義は相反していたので、鎖国によって閉ざされました。出島などわずかな所では許されていました。

 明治に成って開国されて、海外の文化や教育導入が目的でしたが、指導者としてキリスト宣教の教育を受けた指導者達が多数、日本に来て、個人的な関係を気づきながら、キリストの信仰の種を多数蒔きました。

島根の松山の小泉ハーン(怪談で有名)とか、英語の教師としてきたバックストーン先生。彼からは日本のキリスト教の歴史の一部が始まりました。明治のリバイバル信仰にもつながりました。

 余談ですが、明治になっても隠れキリスタンが大阪府高槻の奥山にいたことをご存じですか?

 太平洋戦争で一途絶えましたが終戦後、多くの宣教\師が日本に来ました。
その一人が、私の恩師、前のブログにも書いたピッカリン宣教師でした。先生は文化や習慣を日本に持ってきましたね。ピューリタンの流れを汲む信仰を持っていました。カナダの保守的なバブテスト教会から派遣されました。
日本で40年間、日本でも特に、宣教師の墓場と言われた富山(浄土真宗が強い土地)で過ごされましたね。

他にも多くの宣教師によって、日本のキリスト信仰がつづられてきました。私達はその背後にある神様の忍耐と愛に感謝を捧げています。

 アフリカ、カトリック教会には、キリスト宣教に、黒人のマリヤ像があります。
土着信仰の融合されたカトリックがあります。宣教師達の苦労の結果ですが・・?疑問視を個人的にします。
基本を曲げないことが大切かと思います。基本を曲げなかった宣教師達もいて殉教の歴史もあります。人食いの習慣のある土地で、殉教死したあと、その子度達がまた同じ所に宣教しました。そして彼ら、自分の親を食べた人たちが、救われました。

 文字の持たない少数民族に、言語を収録し纏め、聖書を作る宣教師を、私の知人の息子がフイリッピンの山奥にいます。

 日本人が海外に宣教に行きます。行くときには使命が溢れて、その国に骨を埋める覚悟の言葉も聞いてもいます。数年したら帰国、あの時の使命感は何処に行ったのかな?と思います。使命には期限は無いのでは個人的に。・・・恩師のピッカリン宣教師の働きと慎ましい生活を見て思います。

 日本人宣教師を訪ねて、私が彼を訪ねて行きました。一緒に色々教会を回りました。
現地の子供に、その宣教師がすごい人でしょうと聞いたら、その子どもは、こっそりと、教えてくれたことがあります。
普段は、教会を回らずにいて、家にいると・・・日本人が、私のような者が来たときだけ来ると聞いて失望しました。
あえて、その日本人宣教師には確かめませんでしたが・・ ただ予定を早めて帰国するように告げられました。その国では生活水準が低いのちょっと贅沢な暮らしに、現地人から見たら見れるでしょう。宣教師も個人的には色々のタイプ、信仰、考え方の人がいます。

 苦労した宣教は、主が顧みてくださいます。牧師、信徒関わらず、宣教はキリストの愛と救いを伝える使命がある事を忘れないようにと、恩師の死を聞いて思いました。信仰は個人から個人にと伝え引き継がれてきます。
個人関係が良くて、また伝える人の性格が・・信仰姿勢が影響する、注意しています。

 今日、手紙が届きました。


 カナダトロントからの知らせが、一旦。宮城県にお住まいの奥田牧師先生の所に届けられたのですが、インフルエンザが長引きの為に、私の所には知らせが遅れた様子です。

その知らせとは、私が洗礼を受けた宣教師ピッカリン先生が、2月16日 89歳でに亡くなられたとの知らせでした。

 私が中学生の頃に、扁桃腺の手術で入院中。麻酔から覚めた頃に偶然。ラジオから流れてきたキリストの話を聞いていたら、「病気の人のために、治るように祈ります。』と聞いたので 何となく・・『アーメン』と思ったら、何故か不思議な感動と涙が溢れてきました。??変な感じでしたね。

手術後の検温に来た看護師さんが、『あら!?不思議と熱が出ないわね?』と言ったことを覚えて、キリストが治した!と疑うこと無く 直感。 信じました。

退院後、同級生にその話をして見たら。教会を知っているとのことで、教えてもらって、初めて高岡バブテスト教会に行きました。

笑顔で出迎えてくれた、宣教師、ピッカリン先生。子供が女の子3人と男の子は一人、マリオン婦人との家族でした。子供達が、私と同じくらいの年頃でもあり、直ぐに打ち解けました。

教会も比較的若い人が多くいて、その人達も同級生位から10歳前後の人たち。また年配者達もいて、まるで家族のような構成の教会でした。

帰校する途中に教会があって、毎日立ち寄っては、会堂で、上級生のクリスチャンに学校の勉強を教えてもらっていました。

 時々。奥さんが手作りのケーキを差し入れてくださって・・私が西洋料理に関心を持ったのは、マリオン婦人が作ってくれた家庭料理や手作りのケーキのおかげですね。

ピッカリン先生が音楽=賛美歌の指導もしてくれました。私の家族からは、『おまえは音痴だ!』と言われていたのですが、 ピッカリン先生は、けなさないで、しっかりと音程を教えてもらいました。

 キリスト&聖書への質問も、当時たどたどしかった日本語で教えて頂きました。当時の聖書は文語訳で、特に外国人難しかった<中学生だった私にも・・>のですが・・

 先生への質問と的確な回答に、心が開きました。ある日に、キリストが生まれる前の預言と、キリストの生涯が一致していることを説明されて、私は信じました。

イザヤ書
3:1 私たちの聞いたことを、だれが信じたか。【主】の御腕は、だれに現れたのか。
53:2 彼は主の前に若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。
53:3 彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。
53:4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
53:5 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、【主】は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。

 ピッカリン先生の指導の下に、中学3年の3月3日に洗礼を受けました。

 ピッカリン 先生葬儀式進行に書かれていた言葉の抜粋から

 Frank Leon Pickering は   ピッカリン先生0001
1923年6月14日生まれー2012年2月16日に
天国に旅たたれました。

1944年から当初 日本(戦争が終わる)に送られることを目的とするゴードン・ブラウン博士の指導を受けて、Rumiymedeバプティスト教会副牧師でした、そして、7年後に、彼はブリティッシュ・コロンビアのバプティスト宣教師として日本に行きました。そこで、教会開拓者をして3つの教会を立ち上げる他に、カナダから来る宣教師の先駆けとして、他の宣教師を指導したりして、日本に来て3 7年を過ごしました。

1950年に、彼はマリオン・ハリスと結婚しました、そして、日本で一緒に、彼らは4人の子供たちを育てました。

2004年に、トロントに出かけた時に、お目にかかりました。トロントから車で1時間離れた田舎に住んで居られました。 1990年代に、引退後、バンクーバーでもお目に掛かっています。

 日本には多くの宣教師達の生涯と、外国からの巨額な献金で、教会が立ち上げられて、信仰は日本に神より与えられて来ました。引退なさった後の生活を、教会を支えていました。その点、日本の牧師が引退後は、教会から切り離されている気がします。チョコッとその点の違いと、残念さを思います。 日本の教会の今後の課題ですね。

 さて2月頃。私は、何故か夢に見ては?やけにピッカリン先鋭のことを思い出しては、懐かしみ、ピッカリン先生を思い出していました。神様からの思いだったんだな?と今 思います。


連絡をくださった奥田牧師先生は、東北地震後、連絡が途絶えていましたが、同時に、無事が確認できました。
お祈りしてくださった方々にもお礼申し上げます。

 送られてきた葬儀の報告書には、生前。ピッカリン宣教師先生が好きでよく歌っておられた賛美歌が印刷されていました。思い出しては涙が溢れてきます。青春と当時。教会で過ごしたクリスチャン達の安否も気になります。

ピッカリン先生から教えられて、私も好きな賛美歌 主我を愛す。他2曲 葬儀でも歌われました。
よろしければ、おききください。

Yes Jesus Loves Me   http://youtu.be/uves7vM41q4

        http://youtu.be/uHm9Ggdanyo  Whitney Houston が歌っています。

be still. my soul      http://youtu.be/DQlUAhdvkXA

Adide with Me Hvmn     http://youtu.be/cuQHYAyRynE

上記の曲を聴きながら、思い出し懐かしみ・・波が出ますね。哀悼と神に感謝を捧げました。


 ユー・レイズ・ミー・アップ


3/11の東北地震記念日前に一つの動画を作りました。

動画の背景に流れる歌はYou raise me up ゴスペルとしても歌われています。
どうぞご覧ください。

動画リンク URL http://youtu.be/drPk50C9FlE?hd=1 左をクリックしてください。



貴方が立ち上がらせて

落ち込んで そして 魂が とても疲れた時
困難が来て 心にに 重荷を背負った時
その時は じっとして、静かにここでこで待とう 
そうすればあなたが来て 一緒に座ってくれる 

あなたが立ち上がらせてくれる そうすれば困難に立ち向かえる
荒れた人生の海の上を歩くために。強くなれるよ 
あなたの肩につかまれば
あなたが立ち上がらせてくれる。自分で出来る以上に

あなたが立ち上がらせてくれる そうすれば山の上に立つことができる
あなたが立ち上がらせてくれる 荒れた海の上を歩くために
強くなれるよ あなたの肩に、十字架につかまれば
あなたが立ち上がらせてくれる... 自分で出来る以上に

人生なんて虚しい 渇望がない 人生は困難
不安な心というのは 人生の不完全さを感じさせるが
でもあなたが来て驚きと共に満たされる時には
時々 永遠を垣間見ているように感じる

あなたが立ち上がらせてくれる そうすれば山の上に立つことができる
あなたが立ち上がらせてくれる 荒れた人生の海の上を歩くために
強くなれるよ あなたの肩に、十字架の愛につかまれば
あなたが立ち上がらせてくれる... 自分で出来る以上に
あなたが立ち上がらせてくれる... 貴方の愛が、自分で出来る以上に。

                                 以上が歌詞の意味です。

**************************

日本の上に、神キリストの愛と哀れみに満たされて、大きな救いが在りますように。

帰宅して、

ヘルシオを使って、初めてカボチャを煮てみました。

材料と調味料を耐熱性の食器に入れて、自動調理でボタンを押すと、時間は四十分の表示。

チョット直火よりは、時間が掛かるかもしれませんが、直火で炊いても、火を止めてから味が馴染む時間を含めると同じくらいです。

スイチ入れたらあとは、ヘルシオにお任せして、火の側に居なくても良いから楽ちん。

テレビのニュースを見ている間に出来上がりました。

冷やご飯も途中から蒸し上げて便利ですね。

 型落ち=昨年発売 で安く値切って買い求めました。
新製品よりは2〜3点の機能が無いだけです。普通に使う分には申し分ないです。

 ヘルシオは比較的に大型です。従来のレンジ台には乗りにくいかも知れませんが、最近は少人数用の小型も発売されてます。


 うたれた傷によって、私達は癒やされた。

この言葉は、キリストの生涯に関しての預言です。神の子キリストが、ユダヤに生まれること、苦しみの中に、私達の罪を担って死ぬ事が予言されました。

イザヤ書
53:3 彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。
53:4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
53:5 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。

キリストが生まれる前に予言者イザヤから語られ、その後、それがキリストによって実現しました。預言の実現は、信じて、信仰の備えが大切です。passion_main


歴史をさかのぼる事、出エジプトのエリムの泉では、神ご自身が、『私は主、癒す神で在る。』と宣言なさいました。

 エジプトからの数百年に及んだ奴隷から、ユダヤ人は、神によって救出されて、約束の地、ユダヤの地に向かいましたが、途中の砂漠の中で飲み水が無くなりました。要約。見つけたエリムの泉はとても苦くて飲めない水でした。砂漠の中で水が無いことは、差し迫った現実としては受け入れがたいものでした。

 「神の救いを信じて、此所まで来たのになって言うことだ!」突きつけられた現実に、不満や不安を言い出しました。神は、神の約束を信じ切れない人に怒りを持たれましたが、同時にそれでも信じる者を探されました。
一本の小枝を、苦くても飲めない泉に投げ入れるように言われました。すると苦い水=現実が・・甘い水に変わりました。 一本の小枝は、十字架の象徴です。

 その後、神はモーゼに語られました。

 出エジプト記
15:25 モーセは【主】に叫んだ。すると、【主】は彼に一本の木を示されたので、モーセはそれを水に投げ入れた。すると、水は甘くなった。その所で主は彼に、おきてと定めを授け、その所で彼を試みられた。
15:26 そして、仰せられた。「もし、あなたがあなたの神、【主】の声に確かに聞き従い、主が正しいと見られることを行い、またその命令に耳を傾け、そのおきてをことごとく守るなら、わたしはエジプトに下したような病気を何一つあなたの上に下さない。わたしは【主】、あなたをいやす者である。」

 罪の許しの象徴である十字架は、アダムの原罪と私達の罪を許します。アダムの罪が無ければ、アダムから引き継いだ原罪ナ無ければ、病も無く、産みの苦しみも無く、( クリスチャンは、一般的に産みの苦しみは少ないとか!たしかに私が関わり祈った妊婦クリスチャンは、助産師から、お産が軽かったと聞いていますよ。 ) 額に汗してパンを食べる事も無い。神に従う時には、経済的な祝福を得られる約束されている。
罪とは、神の思いから的(まと)が外れることの意味です。

 同じ、出エジプト記には、民が神に逆らい、罪を犯したときに、神は怒られて、毒蛇を民の間に送られました。

 民数記
21:6 そこで【主】は民の中に燃える蛇を送られたので、蛇は民にかみつき、イスラエルの多くの人々が死んだ。
21:7 民はモーセのところに来て言った。「私たちは【主】とあなたを非難して罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう、【主】に祈ってください。」モーセは民のために祈った。
21:8 すると、【主】はモーセに仰せられた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」
21:9 モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた。

 『たかが、青銅の蛇を見ても、苦しみの現実からは何になるか?』と思った人は命を落としました。けれど、信じて見上げた者は命を得ました。旗竿とは、キリストの救いの福音であり。竿とは十字架の意味があります。
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 私達は苦い現実、足元をみて、そのギャップから、神の約束を不安視してしまいます。 天国に在る約束と救い。先ず、その事を硬く信じなくては、この地上で、天国の恵の延長の実現は在りません。
天においての命が、地上で現れ、癒しが起きます。天国に置ける祝福が、地上での幸せ、平安をもたらします。

 神の十字架の許しは、全ての罪が原因で起きる災いから、私達を護り救います。私達は先に信仰告白をして、信じて祈ります。現実に打ち勝つために起きていないことを、起きたかのように告白して、受け取っていないことを、受けたかのように感謝を捧げます。

 不安と疑いは、心の中に、サタン、悪霊に、私達につけ込み、災いの足がかりを作り与え、賛美と感謝の生贄を、父なる神様に、聖霊に、そしてキリストに捧げましょう。


 約束と現実は、在る意味、霊的戦いです。

 サタンは、強烈な現実を押し付けてきますが、主の祈りに在るように、『私達から災いを遠ざけ、悪より救い出してくだい。サタンのする事から切り離してください。』との意味が在ります。

 キリストは、十字架の上で完成したと言われました。キリストの完成した業を信じて受け取りましよう。

信じた者には、平安と癒しがあります。経済的な祝福も、神のルールに従うなら 、私達が受け取ります。

 経済的な祝福の注意

 経済的な祝福と言いましても、贅沢な暮らしを指して這いません。

 主の祈りの言葉には、「日々の糧を与えてください。」とあります。時には、神に従っていたエリヤもも飢饉の時がありました。エレミヤも飢饉がありましたが、神が支えて守られました。暮らしを支える神の経済的な祝福を指していることを指しています。

 生活苦や不安を抱かずに、神に感謝の捧げ物。賛美の捧げ物をしていきましょう。

詩69:29 しかし私は悩み、痛んでいます。神よ。御救いが私を高く上げてくださるように。 69:30 私は神の御名を歌をもってほめたたえ、神を感謝をもってあがめます。 詩 71:21 あなたが私の偉大さを増し、ふり向いて私を慰めてくださいますように。

そのとき私は言った。「私の弱いのはいと高き方の右の手が変わったことによる。」 私は、主のみわざを思い起こそう。まことに、昔からのあなたの奇しいわざを思い起こそう。 私は、あなたのなさったすべてのことに思いを巡らし、あなたのみわざを、静かに考えよう。




 キリストの パッション http://youtu.be/ySknA_zoKoQ









 今日 初めて、ヘルシオを使いました。

売買契約というか、電気屋で購入を決めたヘルシオが、今月の三日に届いて以来でした。

色々電気屋を回り、購入を決めた機種で、昨年発売されて・・・いわゆる型落ちです。
決算期と、他店との競合で、ずいぶん安く買うことが出来ました。

色々電気屋を回っていたときでしたので、全額は支払いは出来ずに、手金だけして、配達時に、全額を支払い約束で購入しました。

それが、今月の3日に届きました。アース線が筆用とわかり、数日後に買いました。昨日は近所の青年とピザを食べに出かけてので、今日になって、初めて使い始めたのです。

 さて何を作ろうかな?

そういえば、昨日メールで、ヘルシオの使い心地の中で、牡蠣フライ=私の好物の話が出ていたので、やはりこれだな!と思い作りました。

 実際に、油でフライを揚げるのでは無くて、パン粉に油をまぶして、焦がし色つけをしたパン粉を、牡蠣やフライ物にまぶしてから、高温蒸気で焼き上げます。ヘルシオ・焦がしパン粉 きつね色に焦がしパン粉。これはフランパンでも火加減を注意すれば気軽に出来ますし、出来た物は冷凍保存が出来ます。 説明書に書いてあったように、ヘルシオで焦がしパン粉を作って見ました。


 フライ物は高温蒸気で焼きますので、ふっくらとして、油ぽっくなくてヘルシーですね。
ヘルシオ・牡蠣フライ付け合わせに、ベビーリーフとトマトにしました。

同時に、ホッケを焼きました。




ホッケの干物





タイマーを加減しなかったので、焼きすぎ感があります。

タイマーは手動と、おまかせ=自動で計量、メニュー設定で調理してくれるので便利です。このメニュー設定が賢いです。!

 長い間買いたいな〜。欲しいですね。と祈って、与えられたので、神様に感謝しています。

従来の電子での暖めと、また別に高温蒸気で暖めと焼くことが出来ます。
少し、コツを掴めば楽にヘルシーに料理が出来ますね。

冷やご飯とサツマイモを産してみましたが、従来の電子式の暖めとは違って、ふっくらとして美味しかったです。



 今日連絡があり
 
 東京の病院に白血病で入院しているクリスチャン女性が、再び、骨髄移植の必要が出てきました。
本人は移植するならば後遺症が強いので、移植は避けたいのは山々です。
しかし、移植をしなければ、短命になります。

適切なドナーからの移植を待てない緊急課題です。

身内の母親からの移植です。適合率は半分。それでも移植をしなければ短命になります。

どうぞお祈りください。 ドナー登録をしてください。

クリスチャンの女性です。うめ01

クリスチャンになっても、災いや病気にもなります。

主は言われました。主の祈りからですが、 『天に居ます父なる神よ。御名が崇められるように。
災いを遠ざけて、悪より救い出してください。』

崇めることが出来るように、神の栄光を見る事が出来るように。恵みと救い、そして癒やしを求めます。
悪霊からの災い。 病の霊 先祖の犯した罪からの呪いからの解放。本来は既にキリストの十字架で解放されているのですが、案外、自分自身から、マイナス要因や否定的な思いと告白をして、悪霊達に、チャンスを与えているのです。

 自分は駄目だ!! とか 不安を抱くとか・・ 悪霊達に知らぬ間に・・悪霊達にチャンスを作っているのです。

ヨブ 1:9 サタンは【主】に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか?」 この問いかけは意味深です。

 神が認めている健全なヨブは一つの不安がありました。

ヨブ 1:5 こうして祝宴の日が一巡すると、ヨブは彼らを呼び寄せ、聖別することにしていた。彼は翌朝早く、彼らひとりひとりのために、それぞれの全焼のいけにえをささげた。ヨブは、「私の息子たちが、あるいは罪を犯し、心の中で神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつもこのようにしていた。

この不安に、心をサタンの脚掛かりを作っていました。
私達も注意して、否定的な思いや不安を必要以上に持ち続けないようにしないといけない。

人の心は弱いから・・不安になりますが、それを何時までも持ち続けないように。注意をして・・
主の祈りの言葉通りに 『災いを遠ざけて、悪より救い出してください。』 祈る方が良いと思います。



nanohana 0322

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