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心の風景、愛の聖書、福音と癒やしと日常から。ミカエル小栗

ミカエル小栗がつづる心の風景。聖書の福音は愛と救いと癒やし。日常の出来事の心の雑記帳風景ブログです。聖書に基づくカウセリング、祝福と救いと心の癒やしを祈ります。あなたの教会のメッセージ奉仕もします。ご依頼はメールにて!

2011年09月

 先月のことですが・・

 白血病の患者さんを見舞い。癒やされた事を、神に感謝しつつ、東京江戸川区西葛西に行きました。ここ西葛西には数度来ました。ネットを通じて知り合い、その方が患っておられる頑固な耳鳴りが癒やされるようにと、数回。祈りに行きました。今回も共に食事をして話し合い祈りました。

難聴の方や耳が聞こえない方も、信仰と祈りで癒やされています。でもこの方は何度か祈ってはいますが癒やされてはいません。 今回は急に休みが取れての上京でした。その方との十分な連絡なして上京をしたのですから会えるかどうかに関しては多少の心配もありました。ひがんばなNO1
前回の時には、その方が取って下さったホテルで時間をかけて祈りました。祈っていると聖霊は安息を与えて下さって、心を穏やかにしてくださいました。目を閉じて祈られていたか彼が沈黙の中で寝息を立てました。私自身も、聖霊がなさることに身を任せて、目覚める時を待つ間に、旅の疲れもあって、今度は私自身も寝てしまいました。

結果。彼が先に気づいたので、彼が失礼な感じを持ったのではと、この点でも心配していました。聖書には聖霊に満たされ安息の中で寝ることの記されています。そのときには彼の耳鳴りは癒やされませんでした。

 何度か・・自宅に帰っても彼を・・(他の人々のために覚えて癒やしや救いを祈っています。)覚えて祈りつつけて、今回会えましたから感謝です。

 私自身が聖霊の力。キリストの癒しを少しでの沢山、見たいと希望しつつ、信じながら願っています。彼の癒やしもそうですが、私は諦めないで祈り続けるようにしています。祈り合う互いの信仰と希望も大切です。神は心併せて一致する祈りに耳を傾けて下さいます。

 病には老化が原因の場合と霊的な精神面が原因の場合があります。
アゲハチョウ1 今回。話し合って分かったことがあります。彼はキリストを信じる前に、禅の教えに影響を受けていました。そのことから感じたあくまでも、私個人的な考えですが、キリストは純粋な純白の花嫁である私たちを望まれています。
神はそのことからすべてを捨てて、混じりけの無い純粋な心を望まれる気がします。キリストを信じてからは禅の教えに耳を傾けないようにしていただきたいですね。 聞く事。聞きにくくする。耳の病気にと繫がっていないだろうか?

 怒ってばかりの人が、胃腸病になりやすい傾向に似ている気がします。 病と霊的な関係は見過ごせないと思います。

 以前。夫婦中が今一良いとは言えない。彼女は夫の話は余り聞きたくないといつも言っていました。あるときから耳が悪くなって聞こえなくなってきました。癒しの祈りを依頼されましたが良くなりませんでした。霊的なカウンセリングをして、夫婦として和を保ち、夫の話にも耳を傾けて聞く耳を持つようにと勧めました。彼女はその後悔い改めました。それから私が祈ると、主イエス・キリストは彼女を顧みてくださり、彼女の耳が聞こえ始めました。その経験もあって、病と霊的な関係も見逃せないです。

神は純粋な心の花嫁としての私たちを迎えるために、様々な救いの道を備えて、訓練、試練、訓戒も与えます。あるときには病になることも黙認なさることもあります。ヨブのように・・けれど必ず癒しを私たちに与えます。それは少しでも純粋な心の花嫁として訓練ー花嫁修業かな?信仰面や霊的な面でも訓練して下さいます。過去のに関わったキリスト以外の教えをキリスト得るために、・・たとえば結婚後に、昔付き合った人の話を持ち出されたとしたら・・けっこしたものは気分を害するのでは無いでしょうか?付き合いは付き合い、でも今はあなただけですという態度や考え信仰を持った方が良いと思います。キリストは私たちの花婿ですから・・。

癒しを受けるためには、諦めない神への信頼と希望と信仰です。

彼岸花

 色々の病を患い、一つの選択としてドナーからの移植を待っている方が大勢います。

今回も、私たちが神に白血病の癒しを祈り続けました。神は色々の方法を通して癒しをおこなわれます。
その土台は信仰と希望と愛です。

それは、神の業は人の心の中にある信仰と愛を通じて完成されます。それらのエネルギーは、私たちの中に生まれるキリストのへ信仰です。キリストは言われました。『あなたの信仰が、あなたを癒やした!』と語られました。


神は奇跡をおこないますが、その土台は私たちの中にある信仰、希望と愛なのですね。

今回も、私自信も白血病を患った本人はそれ以上に。次々と変わる病の現実を見つめると何度もくじけそうになりかけた。けれど、次々に襲いかかる現実以上に、神を見上げ信頼を保ちながら・・『きっと治る。』と告白を重ねながら、神に祈りました。

神に、キリストに近づくなら、愛と希望が生まれます。このことを通して、神の業が・・奇跡がおこなわれると再確認しました。

 このブログを通じて登録をして下さった、あなたの愛と決断に感謝を捧げます。
また背後にある神の配慮と愛に深く感謝と栄光があるのように祈っています。
 
適合が難しい白血病の治療の骨髄移植。希望が失いかけるどん底の中で、光が見えました。
希望は決して失ってはいけないですね。良き判断、知識知恵を持った医師との巡り合わせも祈りました。セカンド・サード オピニオンを受けるように勧めて、良き医師が見つかりました。私は思っていたより若い医師でした。

7月にドナーの適合者が見つかりました。 今回の癒やしにつながりました。

一人でも多くの登録者がいれば、助かる命も増えます。
骨髄移植のドナー以外にも、腎臓などの臓器移植の登録者も探している機関もあります。

 あなたの小さな決断を・・友人にも勧める機会があればお願いいたします。・・以前より簡単に、登録ができます。

あなたの決断を通じて、あなたの愛が、一人でも多くの命を救いに導くようになります。

 お見舞いに行った際に


 彼女はドナーとなった方からの手紙を見せて下さいました。

直接の交流は許されてはいません。ですから、ドナー登録する協会を通じて、彼女がお礼の手紙を出しましたら、その返事が来たそうです。その手紙を見せて下さいました。

 何となく促された感じで登録。本人はそうのように手紙に書いていました。 すると7月に、確認の連絡があり、職場と家族に話したところ、快諾をしてくれたそうです。

 40代の男性で、学校の教員をしておられました。職場である学校の先生方と生徒達も応援してくれ、一番の応援者は家族であり子供だったようです。幼い子供を持っておられたようで、そのお子さんが書いた可愛い絵と字で「お父さんの絵」と書いてありました。

 言葉の端々には、その方の思いやりにあふれた言葉が綴られていました。
骨髄を摂取するために、仕事を休まなくてはいけません。一般の輸血よりも時間がかかります。また採取には麻酔を使います。

本人の手紙には『多少の不安がありましたが、いとも簡単に終わり、採取後にしばらく休んだ後には歩いて帰った。』と書いてありました。

家族にも、職場である学校の生徒達にも良い影響を与えたと思います。何よりも、適合したことが何よりです。
何年間もドナーが現れることを待っている方がいる中で、神の導きと恵みを感じる手紙でした。

どうぞ気が進むなら是非。ドナー登録をして下さいますように。
50歳までの方ならOKですから・・宜しく お願いいたします。このブログを通じて既に登録して下さった方に、深く感謝を申し上げます。まだまだ、ドナーが不足しています

白の百合




 長い間。祈ってきたことが叶えられました。

昨年 白血病を患った方と出会いました。

それ以来。神の癒しを祈ってきました。ドナーが見つかるようにも祈り。このブログからも「たけさん」という方が、ドナー登録をして下さいました。他にも2名が・・本当に心から御礼を申し上げます。

サルスベリ

 昨年。東京まで出かけて癒しのために祈りに行きました。 
その後、医師は投薬で治すように試みました。そして回復に向かいました。医師もその回復に驚きましたが、3ヶ月後に、又体調を崩してしまいました。

時夫応じて、私は聖書の言葉をメールして励ましつつ祈りました。信仰により癒しの希望を持つように・・不安は一番の病の元ですから・・臍帯輸血を判断した医師は、色々試みましたが、輸血するために必要な健康状態が整いませんでした。

 私は最初からドナーによる骨髄移植が必要かなと祈りました。骨髄移植登録には年齢制限が在り、私が出来ませんでした。このブログで呼びかけて、3名が登録して下さいました。本当に重ねて感謝申し上げます。

 適合するドナーがいませんでした。それでも希望を捨てずに祈りようにと励ましました。

聖書の詩編23には『喩え、死の影を歩むとも、私は災いを恐れません!あなたの鞭が・・緑の牧場に憩わせます。』 とダビデは告白しています。この告白は、現実は現実として見つめても 、その先には神が与える安息の場。癒しの場があると規模と信頼を保つように勧めています。

私も此所から告白しました。告白は自分自身を励まします。神への信頼を深めます。告白の言葉が現実を引き寄せます。 私もこの告白によって、私自身が患った癌を乗り越えました。

 神に自分の子供が患ったかのように、感情移入をしてしまい、涙を持って祈りました。
彼女が、生きていれば自分の子供と同じくらいだったからかな・・ ドナーを待ちながら、駒込病院(東京)に長く入院しました。7月くらいでしたか?ドナー登録者の中に適合者が見つかりました。

 患者の体調とドナーの条件が中々そろわないのが普通でした。けれど神が背後にいて、手配したかのように順調に進みました。先月の21日に移植が終わり、順調に進んで退院することとなりました。

私も偶然。この前日が都合が付いて、見合いが出来ました。元気そうな姿を見て、ハグを交わしながら、涙があふれてきました。退院後、自宅からの通院は残りますが、前回合ったときより元気に癒やされてからです。

担当医ともあいさつ会話を交わしました。若い先生で最新の知識を持っていたことも幸いでした。精神面と信仰面でのサポートしていたことも伝えました。最新の医療を施して下さったことも感謝を申し上げました。
癒やし 白血病患者

最後の最後まで・・諦めない信仰と祈りが大切です。祈りの中にも、良き医師が与えられるようにも祈ります。
これから、もっと癒やされ回復するようにと祈っています。

仕事上。同じ社内で別の現場の応援に行きました。

私の勤務している会社は色々の施設や病院、会社の給食をおこなっています。その一つで別の現場の応援に行くように命じられました。と言っても先月のことです。だた何かと忙しくしていて、ブログを更新していませんでした。

 その施設の夏祭りをおこなうので手伝うように・・転勤の可能性もあるのでよく見てくるようにとも言われました。

その施設は知的障害者が生活訓練と仕事を覚えて社会復帰できるように訓練する施設でした。
兵庫県立の精愛園でした。天皇皇后陛下も、この施設を見学訪れておられます。
県立精愛園

県からの委託を受けて、この施設の給食、会社が引き受けています。038

朝の六時に出勤しましたが、ほとんどの仕込みは前日に終わっていました。仕事見るように言われていましたがすることがほとんどありませんでした。その職場の責任者は、私と職場を入れ替わって他の職場への転勤する要請も受けていました。けれど、本人はその気が全くなく、転勤は望んでいませんでした。引き継ぎには一ヶ月かかると言っていました。客先である施設の栄養士も、転勤には不安を感じていたです。無理矢理転勤をして何か問題が起きたときに誰が責任を負うのか?疑問に思いました。

 引き継ぎをする時の方法。

 仕事を後任者に引き継ぎをするときには、普通は3段階を踏みます。
〜瓦不慣れな後任者の場合は、まずは、仕事全体を見せる。

同じ仕事で慣れているなら、一緒に仕事をおこなう。その時には仕事進め方、やり方を見せます。

次には引き継ぎ者に仕事をやらせてみる。 この方法なら最低3日かあれば。。長くても一週間だかな?それぞれの仕事内容にも異なりますね。(私は料理経験は長いのですが・・)

 現職場よりサービス残業も増えそうな感じでした。けれど努力すれば報われると信じているので、多くのひとはサービス残業を受けいてているのでしょう。その背景には仕事に対しての責任とプライドもありませんか?

 夕方の7時まで拘束でしたが、ほとんど仕事らしいことは無くただ見ていました。
精愛園 http://www.hwc.or.jp/seiaien/index.html

知的障害も色々のタイプの人がいます。此所は入寮施設です。朝、昼 夕食の3食を提供しています。この日は夏祭りで近隣の住民との交流夏祭りで屋台を出しました。盆踊りの時もありましたよ。
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食券が格安で販売されていました。
0ホットドッグ

当社の担当で焼きそばとホットドッグ フルーツカクテルを販売しました。

受付


この日はとても暑い日でしたので、焼きそば作りも大変だと思いました。でも手伝わなくても良いと言われました・・?
焼きそば作り

 園生達は浴衣に着替えて楽しみにしていたようで、親しく声をかけてくれました。
ある意味、知的障害者は子供のまま成長したのですね。与えられている命。その命は高価で貴いと思います。
私の友人2人にも知的障害の子供を持っていいる友人がいます。何かと苦労をしています。一番の苦労心配は、「私たちは年齢的に先立つので、残されていく子供が心配だよ。」と・・ この言葉には重みがありますね。


海外に比べても日本には施設が少ないです。
日本では預けたくても、預ける施設が全体数、少ないです。通勤途中にグループホーム訓練所があるのか、親子連れで毎日、通所している親子を見かけます。年齢は高くても、天真爛漫な子供と同じです。付きそう親の心労を思うと大変です。

 又、昔に比べて、海外に比べても、安全優先で自由さよりも規則で縛る傾向も増えている気もします。
私は教会を通じて、スエーデンの老人ホームや知的障害者施設にもポランテアで料理作りで訪れています。

昔は自由な施設と園長の才覚の中で、日本では山下清のような天才画家も生まれています。

又。友人は自宅で知的障害の子供を見ています。親が病気したときが心配ですね。子供が病気したとしても、旨く 痛みや病気を伝えられずに手遅れにもなりかねません。子供がガンになっても気がつかずに、手遅れになった友人がいます。数年間。彼は自分を責めていました。でも仕方が無い側面もありますが、彼にはかける言葉が見つかりませんでした。その子は習字が得意で、綺麗な字を書く子供でしたが、知能が3〜4歳だと言っていました。

知的障害者といえども命があり懸命に生きています。私が貢献できるとしたら、彼らの食事を美味しく作り喜んで貰うことくらいです。何か望むことに対しても、少しの手を貸すことも出来ますね。

 早々。転勤の話は消えました。

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