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心の風景、愛の聖書、福音と癒やしと日常から。ミカエル小栗

ミカエル小栗がつづる心の風景。聖書の福音は愛と救いと癒やし。日常の出来事の心の雑記帳風景ブログです。聖書に基づくカウセリング、祝福と救いと心の癒やしを祈ります。あなたの教会のメッセージ奉仕もします。ご依頼はメールにて!

2006年09月

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バヌアツ

今はホームページより、ブログの時代でしょうか?私もブログを書き始めてから、色々のブログを拝見するようになりました。先日も、「わたんぼう」さんのブログ拝見したしました。ゆとりの教育とタイトルに、私はコメントをつい書いてしまいました。それで終わるはずでしたけど、今朝のTVから新しくなった文部大臣のコメントが気になりました。それは今現実にテスト授業中の、小学校の英語教育に対するコメントだったのです。『日本語教育に力を入れて、英語はそれから・・」という考えであるコメントでした。どちらかと言うと否定的な発言だなと感じました。

それにしても、100年計画の教育はどうしたのでのでしょうか? 一人の大臣が代わるだけで、方針が代わるのは?前任の文部大臣はそれと違う考えでした。前任者の大臣は積極的に取り入れる肯定派でした。 教える先生の英語力が問われます。その準備が出来ていない心に余裕。ゆとりが無いので、反対する先生が半数を占めるがデータの現実があります。親たちと理想は早いうちからを望んでいるデーターは8割を超えています。

ゆとり教育とかで、自主的に学ぶ時間が多く取られて、土曜日の授業が殆どなくなっています。確かに全てを学校で教えることは不可能です。しかし、柔軟な子供の頃に、自由に選べる選択肢を沢山教え、基礎的な知識の応用力を与えることは、大切ではないだろうか?また覚える力が子供の頃には沢山在るのに、教えることを減らすこと、例えば、漢字単語(英語も含めて)の数が少なく教えたりすること。また多くの解決策を教えないことが、決してゆとり教育ではないと思いませんか?

私たち日本の子供たちが、大人になってからゆとりある生活が出来るように、教え整えることは大切だとも思います。またたとえ、収入が少なくても、心の豊かさを持ち、生きがいのある人生を送れるように教え整えさせる事ではと思います。柔軟に考える力と、多くの選択肢を提供することも大切です。また教える方も、子供がしっかりと理解して応用が出来るように導く必要もあります。 日本ではしっかり、ゆっくりと時間かけて、理解するまで少人数で理解するまでが足らないです。 どうしても埋め込み主義の反動から出たのがゆとり授業のように思えます。 子供一人々の能力に合わせて教える授業がほしいです。

バヌアツ

小さい時に自分で感じたことです。『あと少しでわかるのに!!』そのように思われた方は多いのでないでしょうか?どんどん先に進む授業が多かったですから、どれも中途半端な理解だけが残りました。そのスピード教育で理解する物事の数量より、ゆっくり少な数量の理解でも良いから、しっかりした理解力を持つかが大切に思われます。数が少ないことが良いのではなく、その子供が理解できるまで、教えることがゆとりではないでしょうか?

家庭においても、祖父や祖母の同居が少なくなって、近所の大人からも教えてもらう経験も、当然のように、お子たちは教えられる機会も少ないです。
私は家庭のこと、社会生活の常識習慣、仕事のことなど、色々教えてもらいました。今は学校で詳しく教えることが無いのではないでしょうか。

『あなたは知恵と訓戒をさげすまず。わが子よ!あんま他の父の訓戒に聞き従い。母の教えを捨ててはならない』聖書、ソロモンの箴言1章7節から

高学歴の進学で、授業も学校よりは塾がその代わりですね。 人間として人と思いやる教育も無いですね。先生が、親が適切に叱り教えることも少ないですね。叱る。怒る。愛による体罰と虐待の混同からでしょうか?

スェーデンでは、ボランテアも国への義務も教育の一環です。人を思いやること、福祉は税金で成り立つことを小さな時から教えます。 人と人の関係を教える道徳の時間も無いですね。アメリカでは、道徳観(聖書他)の時間が中止されて、大人になった子供たちに犯罪が増えて、今はまた見直しが進められています。アラブでは、親が、コーランから親子、人間関係小さい時から教えています。 日本のゆとり教育は、どこか違う気がしている一人です。

『自分の家のものに敬愛を示し、親(社会)の恩に報いる習慣をつけさせなさい。』聖書。汽謄皀5章4節から

ゆとりは心に蓄える物です。人には同じ時間が誰にでも与えられています。
その時間を生かすことが、心に余裕、ゆとりを運んできます。決してお金では買えません。下記のURLは世界で一番幸せな国に選ばれました、Vanuatu バヌアツが見られます。
以前は貧困と混乱の政治でした。部族間の闘争を悲しんだ一人の牧師の祈りから、徐々にトランス・ホーメション=地域を動かす祈りによって変えられました。あるときから国の方向性が確立して、国全体に共通の価値観を持ちました。その土台が聖書です。心のゆとりが生まれました。経済的には喩え貧しくでも・・

世界で一番幸せな国 Vanuatu バヌアツ
http://youtube.com/watch?v=kRdSvRFsqXc

上記のURLをコピーして,貼り付け検索をお願いします。

楠木午後。買い物かねて散歩する。車で行けば5分も掛からない駅前に、歩いて行く。片道30分。回り道して公園の中を通り小さな岡の森を抜けて行く。帰りも坂道を下駄で行くので、ゆっくり40分。カランカランと下駄の音も快い。いつも雪駄や下駄を愛用しております。日差しの変化で暑くなくこれも心地よい。

運転だと目に入らぬ物が目に入ってきますね.視点、洞察が変わるからでしょう。街路樹の中に秋色を見つけて、思わずパチリ携帯で写真を取る。 季節は正直に変わってきて、紅葉に向けて準備を着々としています。イチョウの木の青さが黄色に変わりつつ、楠木も少し赤くなりかけていました。小さい秋見っけた!と言う歌を思い出しました。

昨年秋に、デジカメを落とし故障。修理に4万掛かるとか?買う程掛かるので修理しなかった。
昭和45年くらい?に買ったミノルタ・カメラ・α700を引っ張り出して使用中。デジカメに無い色合い。フイルムカメラの暖かさを再認識。フィルムをスキャナーしてデジタル化をしています。難点は、フィルム代、現増代金が掛かることです。
ミノルタがソニーに合併されて、今はソニーブランドでデジカメに変わってしまった。これも時代の流れかな?今は各社。とても人気が高いデジカメ一眼カメラ。難点はその価格ですね。今もっているレンズを、交換レンズとして仕えるので魅力かな?

イチョウの木

それにしても次々出る新製品。せめて使いまわし出来る、記録媒体、電池があればいいですよね。買うごとに仕えなくなるのは困り者です。イギリスでは日本と違う視点があります。古くても仕える物に人気があります。石つくりの家では100年たっても新築という観念もありますけど・・ 物を生み出す会社の都合はあまり優先されてはいない様に感じます。その分技術が遅れる?新しい物より、不朽の名作が多いのですね。でも日本の場合は。視点が変わらないと無理かな?そういえば、技術流失の損害も大きいです。技術提供してどんどんと中国、韓国に流れています。社員教育とかで教えますが・・数年したら退職して、会社を興し日本に向け、その技術で日本損害を与えるのは平気なんですけど・・ 欧米に比べて、知的財産の守り方の思考、視点も違う日本です。日本人が開発した素晴らしい技術がどんどん流れていってます。その技術で貿易をしているとっても過言では無い国、日本です。

彼岸花今日は罪と罰。この言葉から、トルストイを思い浮かべられたでしょうか? 私は昨日に続いてこのことを思い浮かべます。このブログ原稿を考えていた昨日。チラッとだけで、ニュースでは、詳しいことは聞けなかったことがあります。それは、殺人を犯していながら、自宅にその遺体を埋めて?時効になることを15年、20年とひたすらジーット待っていた、男ことを話していました。TVアナウンサーがコメントを求めていました。『大変、悪いことをした!』でもその声は、えらく落ち着いて、「してやったり!!とも聞き取れました。そんな風に感じたのは、私だけかな? 

日本の法律では、殺人罪は15年で時効です。民事でも20年だそうです。その時効があだとなって、彼を裁けないのです。また遺族コメントからも痛い想い、悔しいが伝わってきました。逃げ得なんて・・ 罪は罪として時効関係なく、国が裁いて欲しいなと思いましたのです。世界的に死刑は無くなる傾向です。俗に言う生き恥さらして、生涯償うことに変えられてきています。死刑にすれば、苦痛も恥じも消えて終わりだからです。たとえ裁かれたとしても、償いの無い罪はそのまま残ると思いませんか。ですから罪の時効は裁かれるまで残されても良いのではと、今日思いました。 

わたしは過去に、3人の殺人者を面会したことがあります。刑期を終えて、一般的に更生を彼らはしております。彼らの責任の受け取り方、命の考えは3人3様です。追い込まれて、仕方なく殺人を・・その方は何年たっても後悔と苦しんでいます。カウセリングも一様ではないです。一人は、アッケラカンと「刑期を済ませたから」としています。彼は刑期を済ませたので、国の罰は受けたからです。 でも何故?命の尊さは・・とも思います。体の罰は確かに受けたけれど、心の罪の呵責は受けたように思えませんでした。私が問いかけても、終わったというのです。 

コスモス紫
昨日。時効になってから、ようやく自首した男の心の中は、どのようなものでしょう?せっかくなら、時効のまま、未解決事件でいた方が、残された遺族の気持ちを思いやるなら、未解決のまま方が未だマシかなと感じた次第です。神の目から見れば、最初の殺人者である、カインには額に印、罰のようなものでしょうか? そのために人から嫌われ恐れられつつ、一生きたのです。しかし、神は、罰を与えることより、罪の悔い改めを願っておられます。聖書に書かれている、短い言葉であり、重要なことは『罪の報酬は死です。』彼の言い訳からは、それを感じませんでした。感情だけで人を裁くことは危険です。しかし、その死の変わりに、罰を与えることが発生しました。ただ、刑罰だけでも推し量れない罪があります。

人に対して犯した罪は、その人に対して償う必要は認めます。でも時効という壁で、償うことを要求できないことの、不自然だと今日感じた次第です。外国のように、時効をなくすことの必要な事件が、交通事故殺人が増えてきているのも悲しいです。交通事故ので、3億円という償い金支払いの命令の判決が、今日また別件で出ておりました。国に対して、人に足しては償いが必要とは思います。キリストも『カイザルの物はカイザルに。』と国と天国を分けられました。交通事故は、今日は被害者でも、運転する限り、明日は加害しになる可能性が秘めています。肝に銘じて、安全運転しようとも、思いました。

さて天に、神に対して犯した罪。キリストは私たちの犯した罪の償いに対して、死の代価を払ってくださいました。キリストの十字架の死です。私たちが命の代価を支払わなくても良いようにしてくださいました。 そのキリストに深い感謝をささげます。

紫式部
今日一つの判決が出ました。奈良の平群町で起きたよう幼時殺人事件でした。
異例の早さもありますが、通例ですと一人の殺人では、死刑にはならない前例があるからです。幼い命を奪った罪が裁かれました。結果は死刑です。被害者の両親の恨みの思いが尊重され、また近年。非常で惨い事件が多いことに対しても、警告を鳴らすことが加味されたような判決でしたね。裁判官も、次々に起きる犯罪への、静かな国民の怒りや意見を取り入れたようでした。

時代の流れの中で、人の意見や思いは、時にはその感情さえも変化させるとは思いませんか。一つの例ですが、敵国と教育された憎しみさえ持っていたはずですが、アメリカに、絶大の信頼と協力を進めている日本がいます。小泉さんだけがそうだったのでしょうか? アメリカ軍に殺されて憎しみがつのっていた人たちも、憎しみの感情にも変化が時代の中に見られます。

今日の判決の中にも、時代と共に動いている気がしました。本来の裁判とは、犯人が更生できる機会を与える観点での判決が行われてきました。しかし、彼は自ら、『更生の自信が無いから、死んでも良い。』と結論を出していました。生きる希望を捨てています。自分の将来に失望して自殺願望というか?それも「自分では出来ないから、殺してくれ。」という想いが伝わってきたのは、私だけでしょうか?

被害者の権利も最近になって、ようやく認められるようにもなってきました。
憎しみは中々癒えないし、許すことは困難を極めます。 もう、十年過ぎたでしょか。ある牧師さんの子供が殺された時に、『困難だが許すことを決した。』とそのコメントを伝えていたことを新聞で読みました。苦渋の決断でしょうね。神の目からは正しいことですが・・ 全ての人は、神と人に愛されるためにこの世に生まれてきています。誰もその権利を奪うことは許されません。
いかなる人も・・その観点から見れば、今日の犯人にも等しく与えられているのです。 人が人を裁く難しさですね。普及の変わらない律法、国の法律があればいいですね
桔梗私は今日。旧約聖書を調べて纏めていました。次の新しいブログのためです。私的リンクの欄からご覧になれます。

カインとアベルのところで。弟を嫉妬と憎しみ。逆恨みなどから殺してましましたが、神は一つの印をカインの額に残して、人がそれを見て、彼を殺さないようにしました。神はカインの訴えを取り上げられました。彼の命を取り上げないで、更生の機会を与えられました。死刑を与えませんでした。神のご自身の思いです。カインとその子孫が更生したのかはわかりません。その後には、天が開けて大洪水が起きましたけれど・・

日本の犯罪は、国の法律で裁かれます。時代越えても、時代の流れによる感情論で、国の法律が変わらないで欲しいですね。基本的な法律の用い方を、人の感情優先で裁かないで欲しいですね。人と裁くことの難しさを感じた日です。ピラトと祭司長たちの裁きで、十字架に掛かったイエスを思う日でした。

つま恋コンサート朝。起きて何気なくTVを入れたら、NHKで老後の生活、特にリタイヤした夫の生活、妻との時間時間の過ごし方を話し合っていた。当分先の事だと思っていたことが、私も現実味を帯びる歳に・・ 気分を変えようとチャンネルと変えようとして、切り替えたら静岡 つま恋の野外コンサートの風景が目に飛び込んできました。つい見入ってしまいました。かぐや姫らがコンサートを開いてからアレから31年。月日の流れを感じる日です。 
ファンらも中高年となっていました。3万5千人くらいが集まった中々からのインタビューでは、この会場では、『私は青春です。』と言う声が多く聞かれた。 3万5千人分の人生があったのです。青春時代に流れ指示された歌。その時の思いに浸れるのは、みな同じですね。


つま恋2コンサート拓郎、中島みゆき。かぐや姫他が歌っている様子もTVで一部流された。何しろ8時間にも及ぶコンサートでした。それでも美味しいところは、さすが民放!
その中で、久しぶりに聞いた、名曲かぐや姫の『神田川』が流れて、聞き入ってしまい、私もつい涙が溢れ来ました。私たちの結婚は、その歌詞の中に書かれているような生活をしていたことがあるからです。 木造の1間のアパート、
トイレも廊下にあり、風呂は近くの銭湯でした。妻は、「一般的な女の長風呂」ではなく、僕の方がいつも長くなって、出てくると、下足入れの近くで、いつも待っていたことを、何十年ぶりかで思い出しました。「ごめん!ごめん。」と謝っていた時のことを・・・

私たちは中学生の頃に知り合い、私は淡い初恋の想いでした。卒業後は音信普通になって20歳頃に、また街中で出遭って、交際を始めていました。彼女の親が、本人にはっきり言わすに、指定された場所に行くように・・それが出向いた先がお見合いだったそうです。 親同士が話を進める時代? まだそんな名残がありました。それで、妻は、私の両親のところに出向いてから、その一夜に、僕のアパートに来たて「出てきたよ!泊めて。あんたの親の許可をもらったら・・」と当然訪ねてきたのです。それから式を挙げるまでは、暫くは同棲生活でした。そんな二十歳の頃の時代を、今日の神田川で思い出しました。

仕事も半人前の僕のところに出て来た妻を愛しました。お金も名誉も何もないし、彼女に好きな人がいたこともウスウス知ってはいましたから・・あったのは、二人の将来の希望と希望だけでした。それから色々ありましたね。皆さんも同じでしょうけど・・結婚後、和服の好きだった妻の影響も在って、私も和服で過ごすようになりました。今はまた別な意味で着ていますけれど・・3度の流産、体質的なことから子供が出来なかった。子供に恵まれなかったからか?幾分倦怠期も経験。そんな時に、お互いに、神田川のレコードをかけていましたね。初心に帰れましたから・・またその後に、これからと言う時に、妻に癌の発病に・・10ヵ月後の2月、大雪のとても寒い朝に妻は天に帰りました。未だ30歳を迎える少し前でした。神田川もよく歌いました。妻は賛美歌の「丘に立てる荒削り十字架」も好きでした。そういえば、妻の看病をしていたことに、つま恋のコンサートがありましたね?
一人になってから、寂しさを紛らわすために、海外の仕事に就職しました。その後は再婚のチャンスが無くて・・ 確かに、時々は一人の寂しさも感じますよ。でも神が慰めてくださるので、信仰の持たない方よりはいいです。

つま恋 かぐや姫ふと今朝のTVから流れた神田川で、私の青春を思い出しました。普段は心のどこかに閉まってあるのですが・・NHKの夫婦老後の暮らし方を見ていて、
やはり、素敵な人生を送りたいですね。喩え一人でも・・これまで支えてくださった人々と神に感謝ですね。益々前向きに力いっぱい生きてゆきたいです。
神と人に感謝しつつ・・また、愛されつつ・・

「白髪は栄光の冠。それは正義の道に見出される。」聖書、箴言16:31
「若い男の栄光は力。年寄りの飾りはその白髪」聖書、箴言20:29

おまけです。つま恋のコンサートの模様の一部は下記のURLをコピー&貼り付けしてくださいね。昔は実現できなかったジョイントなどが少し見れますよ。

拓郎、中島みゆき
http://www.youtube.com/watch?v=NhvCSrncwxc
22歳の別れ
http://www.youtube.com/watch?v=jv-a8QACmVU&mode=related&search=
かぐや姫 加茂の流れ
http://www.youtube.com/watch?v=PBRKYle4bBM&mode=related&search=
神田川
http://www.youtube.com/watch?v=nstaTECHJXQ&mode=related&search=
フークの詰め合わせ
http://www.youtube.com/watch?v=V63Zas3i3F0&mode=related&search=

かぐや姫/フォー・エバー

価格:3800円



感度良好ナイト LIVE in 武道館

姫路城
太陽を感じつつも、さわやかな風に誘われてふと立ち止まり、秋の気配を感じる、今日この頃ですね。先週は伊勢に出かけて、人の思いやりに触れ深く感謝する出来事がありました。私の困窮していた問題に、一つの回避を与えくださいました。人は心に思っていても、そう簡単には実行出来ないことが多いのです。普通では出来ないことですが、同じ信仰を持つ彼が助けを出してくださいました。彼の思いやりと、二人の間の背後におられる神の子イエスの愛に深く感謝しております。

『得るよりは、与える方が幸いである。』と言う黄金律があります。これは不朽の名言ですが、多くは聖書から抜粋されております。USAの富豪でD.カーネギーと言う方がおられます。彼はその黄金律に従ったビジネスで、得るだけではなく、多くを与えて、彼のビジネスを成功させました。彼の名言『道を開く。人を動かす。』などは、多くのビジネスマンのバイブルともなっております。一度、読まれることをお勧めします。

姫路城、夏塩沢紬その黄金律を調べて、ブログを新しく開設したく、今は準備のために、毎日、机に向っております。でもブログの更新もなく一向に進まない!? ふと疲れを感じていたら、詩音の娘さん?から、新しいし仕事に就職できたとの案内がありました。そこで、お祝いのドライブに誘いました。連日。机に向っていたのと、ブログに誘ってくださった御礼と気晴らしの一石二鳥した。車で一時間も掛からないので、久しぶりに姫路城に向いました。『天守みて 白き筋雲 サギが飛ぶ。』 青い空に生える白壁、白サギの羽音が、秋雲、秋風を運んできているようでした。 いつもの着物での外出でした。天守閣に登る急な階段を上りつつ、案外着物袴無しでも楽に登れたのです。緩やかな階段だと着物の裾を踏むのですが、それも無くて、案外と先人の知恵かな? 本来は敵が攻め入った時の為に急な階段が必要だったのでしょう。相変わらず、外国人の観光客も多かった。案外と日帰りで、京都から来る外国人観光客が多いですね。

付属の武家屋敷庭園、好古園を訪ねて秋の気配が忍び寄っている園内の散策を楽しんだ。茶室でお薄を頂きたかったが、お手前の時間が終わっていたのが心残りでした。ブログを始めるように奨めてくださった詩音さんとの珍道中。黄金律の『受けるよりは、与えるほうが幸い。』と感謝を表す気持ちでした。しかし、秋の空に誘われて、受けるほうが多かったミニドライブでした。

好古園



ハンディーカーネギー・ベスト 〔3〕


D・カーネギー名言集


カーネギー心を動かす話し方―一瞬で人を惹きつける秘訣

ゼラニューム秋めいてきましたね。お元気ですか? さて土曜日16日には、数年ぶりに友人がたずねて来てくださって出会いを楽しみました。自宅に泊まってくださり、久しぶりの会話を楽しみました。翌日には彼の自宅のある伊勢まで一緒に向った。数年前の台風では、彼の自宅が宮川の氾濫で一階部分まで水没したが、すっかり立ち直っていた。氾濫した川も、そのことすら忘れたかのように静かにせせらぎ流れる川となっていた。近年では異常気象で被害も出ているが、立ち止まってはおられない生活がある。被害を受けて時には、彼の友人らが助け励まして力となったと静かに語っていた。
 
私も彼との出会いがあって今日に至っております。数年間になりますが、三重県津市でのセミナー講師として話しに出向き、彼のほうから声を掛けてくださったのでこの出会いが残った。世の中には一期一会を言う言葉がある。彼はそうしなかったのです。手紙や電話で色々話しあい、多くの励ましを受け、お互いの考えや思いを伝えてあって確認しあっておりました。今回。私がふと漏らした言葉を心に刻んで覚えてくださり、大きな助けを今回与えて下さった。出会った最初の頃には、このようなことは思いもしなかったことでした。

人それぞれには幾つもの出会いがあります。その一つ、一つにはやはり大きな意味があります。その点では一期一会は無いのではないでしょう。その出会いを一度きりにするかどうかは、私たちの心の選択で決まるのでないでしょうか? 出会いによって助けられ励まされます。あるいは傷つき悲しむ出会いもあります。出会いによって恋が生まれ、愛が育ちます。深い友情も育ちます。 人生を変える出会いもあります。

先週はテロについて書いておりましたが、そのテロを起こした人々にも出会いがあります。悲しみや問題を共有しあった出会いが、私たちの想像を超えて爆発したのです。彼らにはその出会いが有意義な出会いと思えたのでしょう。同じ考えの者の出会いが、テロもたらすようになったのです。

最近。北海道稚内で少年が、依頼殺人を犯してしまいました。TVの内部真相では、その少年たちの両親は離婚していて、同じ境遇で励ましあってリセットしたかったようです。その依頼を断ると、孤独な生活に戻る不安が強く怖くて、常識概念を越えてしまったようです。よき理解者や彼らの人生に励ましを与える大人が、身近にいなかったのは悲しいですね。

ある身近な人からのアドバイスで、国を変えることもあるのです。
戦後、近江(滋賀県)に住んでいたクリスチャン・ビジネスマンが、マッカサー大佐に進言して、日本の歴史と国民性を力説しました。その後、昭和天皇との出会いを生み出し、歴史にも例が無い戦後保証金が無くなり、天皇制も守られました。

政治を行う人々も、私たちの推薦選挙が必要です。誰を選ぶか?新首相に選ばれる背後にも、色々の思惑。複雑に絡んだ出会いが存在しております。政治家は、私たちの出会いから、出会いと繋がってといることを。一人一人の顔を忘れないで、すみやすい日本を生み出して欲しいものです。敵対勢力はある意味では、よきアドバイスも生み出します。聞く耳のある、国のリーダーが欲しいですね。

さて、このブログを、私が書き始めるきっかけも、一つの出会いからです。思いもしなかった方が、また私が数日前から書いていたブログを見てくださって、コメントまで頂き励まされております。ブログ上であっても嬉しい出会いです。
私は、明日に向ってよき力となるように、小さな日常の中にある出会いを大切にしたいです。その中に隠されている、神の励ましと力と愛を見出したいです。

十戒で有名なモーゼは、人生の失望の果てに、砂漠にひっそりと隠れるように生活している中で、神に出会いました。彼は偶然とは思わないで、神からの訓練を受けて、イスラエルのリーダーとなりました。彼が80歳の時です。人生に勇気を与える出会いを、これからも探して生きてゆきたいです。人は一人では生きてゆけない。お互いを認めて助け合うように、神に作られていると思います。

エーゲ海の教会

日本のテロ サリン事件

911のテロ事件から、アフガンのアルカイダー。イラン・イラクの話が続きました。
でも今日はその話を中断して、日本のテロ。サリン事件のことに触れたいです。なぜなら主犯格とされる松本教祖の判決がまた一つ出たからです。病気を装っての裁判引き伸ばしに対しても、新たな判断がされました。

それにしても11年もかかる、日本の裁判制度は長いとは思いませんか?元々は強制自白の歴史が日本にあったのです。
それらを回避させるための時間と年月が必要だったのです。それにしても、無言で、自分の弁護を一切しないのは異常思います。その異常さを利用して引き伸ばしをしていたのです。 

人は等しく、犯した罪を言い表すことは義務づけられ、また同時に弁護も受ける資格も与えられております。彼が罪を言い表し、悔い改めるなら罪の確定は、また別な結果が出たかもしれないです。同じ死刑でも・・ 聖書の神はであるイエスは、
全ての人が罪を言い表し、悔い改める時には、霊の世界で許されるといわれました。その許された喜びが、この世での変革をもたらすのです。

松本被告。彼は宗教という名の元で、自分の予言が確実に起きることを言いたかったのです。その予言を自分の口で実際に実行して、さも予言が当たったように、信徒らに誇張したかったのです。間違っている考えで、また予言と言う名で、大勢の人が27人犠牲になりました。 あの地下鉄サリン事件のあった朝。私は同じ路線を使って東京から上野に行きました。古里に向うためでした。あと少し遅れて地下鉄に乗っていたら多分?このブログも書いていなかったと思ったら・・ゾーッとします。同じ経験を、あの朝に持つ方も大勢おられるでしょうね。亡くなられた方々に深い哀悼を祈ります。心が癒され、平和が来ますように。幸い、私は生き残り被害を受けませんでした。僅か30分くらいの差でしょうか?私の神であるイエスの守りにただ感謝をしております。生かされていることを・・


白コスモス

松本被告は、予言を当てたかったので実践したわけでしょう。予言と言えば、TVなどでも活躍する占い師、カウセラーの中には、あらかじめ、そのスタッフが下調べした上で、さも当たったかのように振舞っている方もいるのではないでしょうか? 中には相手の方を、こき下ろす人もいますが、聖書の予言は、私たちの特を高める物なのです。アドバイスでもありますが、その予言される方の選択する道、余韻が残されるものです。指示予言。指示占いは危険です。聖書も口寄せや占いの霊の存在世界を認めております。しかし乱用を禁止して、神からのカリスマと聖霊の助けが必要であると言っております。

さてサリン事件は、アルカイーダーのモデルにもなりました。ロンドンでの事件です。自分の主義主張を通すために、多くの人が犠牲になりました。それも彼らの主義主張に関係なく生活していた人々です。 ある力で虐げられて、犠牲になった恨みをテロという名で晴らすことは、またその犠牲になった人らの恨みを生み出しております。

犠牲に成った者が、相手を許しさえすれば、犠牲。テロの鎖の連鎖は避けられます。憎しみから、許しに・・許しから愛するようになるには、普通では出来ません。でも!まず自分が神と人に許されている存在であると自覚し、私たちの助け主である聖霊の力に依らないと出来ません。『貧しい者、(心、精神を打ち砕かれ悲しみ人>)に良い知らせを伝え、心傷ついた者を癒すためである。』聖書 イザヤ書61:1より

フセイン大統領



911 検〆叔のキツネ

私は中東にイラクとアルジャリアに7年間住んでいました。
砂漠でのレジャーの一つに、ランドクルーザーでキツネを追い詰めると言う遊びもしました。砂漠と言えども生き物は住んでおります。
さそりは有名ですね。さそり狩りも小瓶の水を、乾燥した穴に流し込むと這い出てきます。トカゲ狩りもしました。ベトウィンと呼ばれ、国境越えて放牧する人たちもいます。何よりも好きだったのは、360度の満点の星を眺めることでした。スターダストと呼ばれるように、何もない砂漠での星はたいそう綺麗です。神はアブラハムに、暗い砂漠に連れ出して『星のように、あなたの子孫を祝福して、繁栄させ増やす』と約束して、ユダヤ人とイシュマエル=アラブ人の先祖を認められました。お互いに神を礼拝しつつ、平和を保つように、離れるように言われました。 あの中東の砂漠と呼ばれる地域も、昔は緑で覆われて豊かな土地でした。ライオンや象なども住んでいたことがあります。遺跡のモチーフに使われる由縁です。 気象の変化で、離れていた民が接近してすまなくてはならなくなりました。今は住むことが難しい砂漠が多いのです。夏の炎天下では50度を越します。冬は零下15度記録したことを思えています。夏になると暑さで、ハエも飛びません。そんな砂漠にキツネなどが居るとは、私たちには想像つきにくいです。

常識を覆す侵略作戦は行われました。
アフガン政府には目の上のコブでした。アメリカと協力できたのも、首相との利害の一致です。イスラムでは女性や子供は社会の表目には出なくても、家庭の中で守られる地位にあります。守らないと男はその社会から断絶されます。ウーマンリブとか西洋社会から見れば、人権が守られてないと言ますが、一定のルールの中では女性子供は守られ自由があると、イスラムの女性から聞きました

サマラの塔

イラクの人権を守る。核兵器をなくするといって、アフガンの次に、忍び寄ったのです。それはキツネ作戦とも呼ばれましたが、どちらがキツネなのか?とおもいました。クエートとの密約を破棄したアメリカに憤慨して、フセイン大統領は、クエート侵攻をしました。その時にアメリカ・息子ブッシュ大統領は、イラクを調べて核兵器が無いと知っていたはずです。でもそこにある豊かな資源、天然ガスと石油のためでは?と私は思います。急場しのぎの若いUSA兵士が、乱暴な行動、通じない言葉で人民を踏みにじるのは戦争だから仕方が無いのでしょうか?女性子供を誤射と言いながら殺して、乱暴して、新たな反感を生み出しております。抑えられていた蓋が無くなったように、イラクは内乱状態です。親交を深めたイラクの人たちはどうしているかな?と思います。

人権回復、確かにフセインは独裁でしたが、ある程度の制約はあっても自由がありました。核兵器撲滅と言いながら、劣化ウラン弾をアメリカは使用しました。その後遺症は今になって問題になっておりますが、アメリカはそれを認めません。
アメリカに追従した小泉政権は、イラクに派兵しました。道路建設とか平和維持の名目です。あの地区は以前から平穏な温厚な部族の人たちですから、言葉は悪いけれど、自衛隊はピクニックに入ったようなものです。でも唯一の世界平和宣言と派兵をしない国。日本です。なし崩しになるように、足音作りに行った様な感じさえもいたします。皆様はどうも思われますか?隣の家の仲裁に入るなら良いですが、呼ばれもしない隣の国の喧嘩に手を貸すようなものですから・・? 実力よりも投げ合う、茶わんを用意する経済力が欲しくて・・ 本心から当てにされない日本を、飛び越えた交渉もなされても居るのですけど・・『もし、バアルが神であるなら、自分に祭壇が取り壊されているのだから、自分で争えばよい』聖書 士師記6:31より  続く

バグダッドの市場
ロシアが支配下にした国。アフガニスタンの内乱を抑えようとソ連軍が南下始めました。それに備えて、アメリカも進入阻止に回って、イランの王政時代に多額の資金をイランにアメリカは援助しました。アメリカも、ロシアも自国の利益優先で、その地に眠る資源を欲しがって、そこに住み生活している民衆の自由が失われるとは言いました。でも・・彼らの直接の生活面はあまり考えてはいませんでした。

ただ、イラン国を治めていた権力者も自分を守るための利害が一致していました。 そこで反響する民衆が立ち上がってクーデーターに発展しました。大国のイデオロギーもぶつかり民衆が抑えられました。彼らの人権と宗教か軽く見られました。ユダヤ教徒の支援者はアメリカに沢山います。脅かされる立場であったイスラエルを、イスラムの人々から守らないと、アメリカの政治も安定しないと言う政治的下地もあります。相互に人権と宗教が複雑に絡んでいました。これらは、言わずとも皆さんはご存知なのです。

イスラムの中でも原理主義は、その頃に広がりました。コーランに基づく考え方は厳しいのもですから、一般的には理解があっても、彼ら自身も、実行はしたくはないと、イラクで私は聞きました。よるべき国や家族はなくなり、全てを失う時には、私たち人間は宗教の中に、しかも、その中心的原理に。固く戻りたいと思うのではないでしょうか? イラン王政時代やアフガン圧政時代に、行き場を失った人たちが、その意志に共鳴したイスラムの王族や氏族からの支援で、アルカイーダーたちが育ってゆきました。アメリカも、元々は知っていたのです。
ロシア抗戦のために支援を約束してから、アルカイーダーを切り離したのです。私はイラク滞在中のアラビア語ニュースを聞きながら、訳してもらったこともあります。

クーデーターが起きて民主政治に変わりました。しかし、イスラム民主主義で、アメリカの思惑通りは動かなくなったのです。そのクーデーターを影で支えたのは、アメリカに裏切られたアルカイダーのメンバーにもいます。彼らはイスラム民主原理主義です。質素な生活、上に立つ物には服従忠誠で、武士道にも類似した点が在ります。


キルクークの肉屋にて

ブッシュ!パパの前大統領は、イラクで自由に石油資源を確保したかったのと、イランのクーデーターを潰したくて、フセイン大統領を支援して、イランと戦争させた節を多くのイラク人は感じていました。イスラム民主原理主義に変わったイランに対して、戦争を仕掛けるようにイラクに仕向けさせて、アメリカは莫大な支援をしました。クエートにある資源の利権の一部を手にする密約を結んだはずです。イラク国営TVの解説の訳を間違っていなければ・・・

それにしても日本語だとイラク、イランと似た名前でよく間違えていましたね。
1980年に、イラン・イラク戦争が始まりました。渡航準備中でしたが、2年ほど回避して、私はアルジャリアに赴任しました。戦争。勃発時には大変で、イラク・イランに赴任していた在住日本人たちは、日本政府から見捨てられたように感じましたそうです。救助の飛行機をJAL・ANAに要請をしませんでした。『危険だから!!』と言うわけです。民間機ですから・・難しいのは理解します。でも、多くの民間機エァーフランス・スイスエァー。ルフトハンザ機他が、自国の人々を救助に出かけて、なお且つ。日本人たちを救い出したのです。車で幼い子供を抱えて2〜3千キロ。車で命からがら、国境に向ったとも聞きました。 イラク滞在中には戦闘機がイランに向って飛んでいき、帰りにはその爆弾を翼の下に無いことをよく見かけては、悲しい思いをしました。アメリカの支援で
イラクは優勢でしたが、もし戦争の体制が変われば、どうなるか?と言う不安もあり、日本は救助の飛行機を飛ばしてくれるか?と疑問を持っておりました。 町に買い物に出かけるときには、ゲリラから私を守るために、兵隊が付き添うようになりました。
イラク州兵は守ってくれました。でも確か?ベトナム陥落の時も、日本政府の救援機は、ベトナムには飛ばなかったと記憶しております。 続く。 It continues.




真相―イラク報道とBBC





Little Birds - イラク 戦火の家族たち -/邦画






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